2006.04.05

4/2 『ある日どこかで』

DVDで『ある日どこかで』を観る。

新進劇作家のリチャード(クリストファー・リーヴ)の初舞台のパーティ会場に現れた一人の老婦人。彼女は金時計を手渡して「帰ってきて」と一言残し立ち去った。数年後、スランプに陥ったリチャードは、旅先のホテルで一枚の写真を見つける。その女性エリーズ(ジェーン・シーモア)こそ、かつて金時計を渡した老婦人の若き日の姿だった。彼女に恋焦がれるリチャードは、時を越えエリーズと出会うが……。

久し振りに観たけど、何度観てもシンミリと良い映画だなぁ。
お金を掛けなくても、SFXが無くても、ウェルメイドなSF映画を作ることが出来るってことの好例である。
リーヴ、シーモア、クリストファー・プラマーのそれぞれクラシカルで上品な雰囲気。タイムスリップした時代の空気感。何よりもこんなに切ない話は、他になかなかない。願ったらタイムスリップ出来るって設定はどうかとも思うけど、それほどに想いが強いんだってことで納得しておこう。(そう言えば、『モスラ3 キングギドラ来襲』で、モスラが“こんちう”のくせに、“強い想い”だけでタイムスリップする場面があって失笑したっけ…なんて、思い出さなくてもいいこと思い出しちゃったよ)
ああ、それにしてもジェーン・シーモアは本当に美しいなぁ。

特典映像はインタビューとスチル構成のメイキング。
半身不随状態の故クリストファー・リーヴ、美人ではあるが老けちゃったジェーン・シーモア、こちらを観てさらにシンミリ…。

全然関係ないけど、急に『レディホーク』が観たくなったな。切ない系恋愛ファンタジーってジャンルでは、あれも好きな映画の1本。

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4/2 『殺破狼 SPL/狼よ静かに死ね』

今日は功夫映画を2本ハシゴ。
新宿トーアで『殺破狼 SPL/狼よ静かに死ね』を観る。

マフィアのボス・ポー(サモ・ハン)に証人を殺され、自身も大怪我を負ったチャン刑事(サイモン・ヤム)。脳腫瘍のため、余命わずかとなったチャン刑事は引退を決意し、部下たちと共にポーの逮捕に最後の執念を燃やす。チャンの後任としてやって来た武闘派刑事のマー(ドニー・イェン)は、彼らのやり方に戸惑いを覚えるが…。

脚本は荒っぽいし、構成力にも問題がある。「なぜ?」と首をかしげる展開もある。
だけどそんなことは、きっとどうでもいいことなんだろう。ドニー・イェンとサモ・ハンがガチンコ・バトルする。そこが最大のポイント。“マッハ王子”ことドニーの恐ろしいほど速くてシャープな攻撃と、超重量級サモ・ハンのバトルの迫力は、お見事としか言いようが無い。
今回はワイヤー使用も極力抑え気味なのに、それにもかかわらずあまりにも美し過ぎるドニーの三連蹴。カッチョイー!イカスー!
VSサモ・ハン戦だけでなく、VSウー・ジン戦も見もの。ナイフと特殊警棒による超高速バトルは一見の価値あり。ウー・ジンって俳優はTVの人らしいので全然知らなかったんだけど、身体のキレが恐ろしくイイ。顔はオレの好みではないけれど、確実に次に出てくる香港アクション・スターなんだと思う。

脚本に難ありとは言いつつも、クライマックスの展開はちょっと驚いたし、エピローグで男泣きって人が居るのも分かる気はする。

リー・リン・チェイが“型”や“演武”としての美しさへと進んで行くのに対し、ドニー・イェンはアクション映画の闘いとしての凄さへと邁進している。それを実感させられる今日の2本ハシゴであった。

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2006.03.20

3/19 『イーオン・フラックス』

新宿スカラ1で『イーオン・フラックス』を観る。

新種のウイルスにより人類の99%が死滅した近未来。科学者トレバー・グッドチャイルドが開発したワクチンでなんとか生き残った500万人は、隔離都市ブレーニャで平和な生活を送るようになり400年が経っていた。グッドチャイルドの子孫たちによる政府に疑念を抱いたレジスタンス組織「モニカン」は、グッドチャイルド暗殺のため、イーオン・フラックス(シャーリーズ・セロン)を送り込んだが…。

ピーター・チョンによる原作アニメは何話か観ており、それなりに面白いと思っている。シャーリーズ・セロンのファンで、『ガール・ファイト』もそこそこ面白かった。おまけに製作がゲイル・アン・ハード…。これはどんなに評判が悪くったって、オレとしては観に行かない訳には行かない映画だ。

期待しないようにしながら、期待して観る。イマイチ…。

大したことない話を、もって回ってひねくり回した印象が強い。
イーオンの“バカバカしくもスカっとカッチョイイアクションを観たかったのに、アクションは予想よりも少なく、編集とカメラのキレがイマひとつだ。バストアップとかなり引き気味の画が多くて、どうも画作りのテンポが乗ってない。シャーリーズ自体がアクション向きの女優でないから、きちんと顔の見えるバストアップと、全部CGで作れるロングに偏り、本人だと認識出来つつ、かつアクションをカッコよく見せるカットが上手く作れていないためだろう。監督が女性なので、オトコがカッチョイイと思う強い女を描けないのかもしれない。カリン・クサマは、『バーブ・ワイヤー/ブロンド美女戦記』でも観て研究して欲しいもんだ。
それでもシャーリーズ・セロンが美しかったら良かったんだけど、お色気衣装は多いものの、あんまり綺麗に撮れていない。彼女はもっと魅力的に撮れる女優だと思うんだけどな。

ギミック類は、原作アニメでも使ってたものが多く、なかなか楽しかったんだけどねぇ。

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2006.02.06

2/3 『アンチェイン UNCHAIN』

レンタルDVDで『アンチェイン UNCHAIN』を観る。

1度も勝ことなく引退した4回戦ボクサー、アンチェイン梶と彼の周囲に居た4人の男、ガルーダ・テツ、西林誠一郎、永石磨を追ったドキュメンタリー。

劇場公開時に、何故かテアトル新宿に行くことが多くて何度も予告を観ていた。その予告が頭にこびりついてて、観たいと思っていたんだがなかなか機会がなく、やっと今日観た。

なんとも言い難い映画である。
タイトルにもなっているアンチェイン梶は、7戦6敗1分けで引退したボクサーである。映画の中での彼の試合シーンは、全て過去に撮られたホームビデオ。そして映画の中の大半の時間、彼は精神病院の中で過ごすので、周囲の人間による証言構成になっている。つまり、アンチェイン梶は、主役であって主役ではない。実質的な主役は、彼の後輩であるガルーダ・テツであると言っても過言ではない。

格闘技は嫌いではないが詳しくはないので、ガルーダも、西林も永石も知らなかった。
彼らがことさら弱い選手だった訳ではない。西日本の1位だったりする選手もいる。だが、カメラが回っている間、彼らは皆負け続ける。全編を通して、彼ら4人の勝利する場面は驚くほど少ない。ドキュメンタリーだから、ドラマチックに盛り上がるようには展開しない。リングの上にうずくまって涙するガルーダ。それでも彼はリングを降りない。逆にタイトルマッチで負けてしまってから、二度とリングに上がらない西林。そして引退しているのに、何か去りがたくリングの上でシャドーするアンチェイン。
「リングの上では、合法的に人が殺せる。ルールはあっても、思う様人を殴れる」と言うアンチェイン。だが、合法的に殺すどころか、彼は一度も勝てずに引退してしまった。だから、その不完全燃焼ゆえに、彼は日常で壊れていったのだろうか?

単純に面白いとか面白くないとか言える映画ではない。格闘技のドキュメンタリーと言うと『ビヨンド・ザ・マット』を思い出すが、アレとは対極にある世界だ。

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2005.08.05

8/5 『アイランド』

丸の内ルーブルで『アイランド』を観る。

大気汚染によって屋外で住めなくなった近未来。全てが管理された空間で快適に暮らすリンカーン・2・エコー(ユアン・マクレガー)たちの夢は、地上で唯一汚染されていない楽園“アイランド”へ移住する抽選に当たることだった。だが、リンカーンは何故か日々悪夢を見るようになる。そして彼は、汚染されたはずの外界から換気口を通って入ってきた蛾を見て、疑念を抱くようになる…。

映画は冒頭、一瞬だけ『THX1138』風に始まるんだが、何故かあっという間にストイックさに欠ける展開になってしまう。(マイケル・ベイにストイックさを求めても仕方がないが…)
で、その後はどこかで見たような内容と映像ばかり。
クローンが沢山並んだ部屋は『マトリックス』と『コーマ』を足したようなイメージだし、管理都市の中で走る場面は『ソイレント・グリーン』を思わせるし、全般的に『シックス・デイ』にもよく似てる。外界に出てからの見せ場はカーチェイスになっちゃって、てんでSFでもなんでもない。半重力だか、リニアモーターだかで走る列車とか、空中をブイブイ走るエアバイクとかはSFガジェットとして悪くないけど、それ以外の街並みも自動車も、現在のものばかり。時代設定はいつなんだろうね、この映画?

全世界大コケの肩透かし超大作。今回ばかりはマイケル・ベイも大失敗。いや、作品的にはいつも大失敗だけど、興行的には強い監督だったのにねぇ。
ま、この内容じゃあ仕方がない。最大の謎であるはずの、“主人公たちがクローンだった”ってことは、既に宣伝で言ってしまっているから全くサプライズがないしな。

ところで、この映画の時代設定が西暦2019年になっていることに意味はあるのか?2019年と言えば、『ブレードランナー』と同じ年。もしかしたらレプリカントが自我を持つのとクローンが自分の存在意味に気付くのを引っ掛けてるのかもしれない。もしそうだとしても、マイケル・ベイにそんなトンチの効いたことが出来る訳はないので、きっと脚本家がやってるんだろう。
大体、マイケル・ベイがSF撮るってこと自体、ムリなんだよな。え、『アルマゲドン』?
いやぁ、アレは宇宙ガテン映画であってSFじゃないでしょ。

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2005.07.24

7/24 『おたくのビデオ』

米版DVDで『おたくのビデオ 1982』『おたくのビデオ 1985』を観る。

1982年、大学1年のシティボーイ(死語)の久保は、テニスとデートに明け暮れる日々を送っていた。彼はある日、高校時代のクラスメートの田中に出会う。田中はコスプレ、自主アニメ制作、ガレージキット制作など、日々おたくな活動に没頭していた。そんなことに縁なく生きてきた久保は、次第にそのディープな世界に取り込まれていく…。

10年以上前に一度観たガイナックス作品。
オタキングこと岡田斗司夫とその周辺に居た大阪芸大、SF大会、ゼネプロ等のオタク仲間をモデルにした、「ああ、あったよね~。そ~ゆ~こと…」って痛懐かしい出来事を描いたアニメである。

今のように細分化されておらず、SF、SF映画、アニメ、マンガ、特撮、自主映画、必殺、プロレス、コスプレ、フィギュア、ミリタリー等々が、全く未分化のまま渾然一体となっていたオタク文化とファンダムの姿は、現在40歳以上の“ある種の人たち”に、共感と懐かしさと笑いと辛さを呼び起こす。この当時のそういった文化に触れていない、現在の若いオタクの人たちがこれを観た時にどう思うのだろう?
DVDはもちろんないし、ビデオソフトだってまだ多くはない。インターネットもなければ、携帯電話もない。通信手段は電話と手紙で、ファンサークルはアニメージュやスターログで仲間を集めている。同人誌はコピー誌がほとんどで、新宿やお茶の水の喫茶店で頭を寄せ合ってホチキス製本。コミケはもうやってたけど、ワンフェスはまだやってない。キャラや俳優のファンでもあるけれど、それ以上に作家やスタッフ、バックボーンにどんどん深く、ジワジワと広くなっていく興味。単純に文化の変化ではなく、気質自体もまったく違う気がする。
この作品の制作年が91年だそうなので、舞台になった時代から10年も経っていない。その時点で検証する意味があったのかどうかは分からないが、ヘンにリアルな描写の数々がもう可笑しくって痛くって…ねぇ。
これは“ある種”ではない人には、訳わかんないし、気持ち悪い青春像でもあるだろう。特に合間にインサートされるわざとらしくも自虐的なインタビュー映像の数々が、気持ちの悪さを倍化させる。

それにしても、こんなのまで米国でDVD化されるようになったんだね。良いんだか悪いんだか…。ちなみに発売は「Animeigo(アニメ英語)社」。米国で『座頭市』シリーズをリリースしているのと同じ会社だ。

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2005.07.18

7/17 『ウェディング・デート』

コミコンは今日が最終日だが、一日早く帰路に着く。
帰りの機内映画で『ウェディング・デート(The Wedding Date) 』(日本未公開/吹替え)を観た。

カット(デブラ・メッシング)は、妹の結婚式の介添を頼まれて憂鬱になっていた。新郎側の介添をするのが、自分の昔の彼氏だったからだ。今は彼氏の居ないカットは、家族や昔の男への見栄のために、大金を払ってエスコートサービスのニック(ダーモット・マローニー)を雇い、自分の婚約者の振りをさせて一緒に結婚式に出席するが…。

まぁ、普通にラブコメですよ。
前の彼氏とヨリが戻るのか、それともエスコート・サービスの男との間に愛が芽生えるのか、結局のところそのどっちかにしか転がりようがない。
でもただの軽いノリなんだろうと思ったら、昔の彼氏が実は自分の妹と寝たことがあったり、もちろんそれを新郎が知らなくってドロ沼になったり、親が変わり者だったりと、意外と飽きずに観れましたが。
日本未公開作だけど、これ日本じゃ公開しないで終わりなんじゃないかな。

なんでこんなにもオレらしくない映画を観てんのかと言えば、これ以外の映画はもう殆ど観ちゃってたからである。
ホントはもう一本、木下恵介監督による三國連太郎初主演作の『善魔』(51)を観ようと思ったんだが、睡魔に負けてしまった。

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2005.07.05

7/5 『宇宙戦争』(スピルバーグ版)

有楽町日劇1で『宇宙戦争』を観る。

レイ(トム・クルーズ)は、ニュージャージーの港湾施設で働く普通の男。別れた妻が息子のロビーと娘のレイチェル(ダコタ・ファニング)を連れ、面会にやって来た。レイは、ごく普通の気まずい週末を過ごす予定だったが、突然異変が起こった。一転俄かに掻き曇り、激しい雷が次々に地面に落ち、そして地中で何かがうごめき始めたのだ…。

ネットでは大変な不評の嵐が吹き荒れているみたいだが、オレはそうは思わない。ある意味、スピルバーグが自分の趣味を前面に押しだした映画だと思う。

オリジナルの53年版は、ヨーロッパでナチス侵攻を目の当たりにしたジョージ・パルが米国に渡った後、冷戦下に製作した映画であり、ウォーマシンの侵攻はそのまんまナチス侵攻による恐怖の再元であった。それはパルのパペトゥーン作品『Tulips shall grow』で描いたスクリューボール軍によるオランダ(?)侵攻と同じ物である。この『Tulips shall grow』で、征服者であるスクリューボール軍は、力によって全てを蹂躙するが、結局は雨によって撃退されてしまう。暴力に対して暴力が勝利を得るのではなく、なんてことない小さな力が勝利し、そしてチューリップ(=民衆)は屈することなく育ち続けるのである。これは細菌が火星人(ベガ星人)に倒され、その後の復興を暗示する『宇宙戦争』と非常に似ている物語であった。

対するスピルバーグ版は“9.11”のWTCテロを経験した後の映画である。53年版のウォーマシンが、丁寧かつシラミ潰しにキチンキチンと端から地域を蹂躙していたのと異なり、ある意味神出鬼没に現れ、徹底的な破壊と殺戮を繰り広げる。本作のトライポッドは、ナチスのようなはっきりとした敵ではなく、突然かつ無差別に攻撃するテロリストなのである。旧作はまさに戦争を描いているから、侵攻するウォーマシンに対して軍隊が----効力がなかったとは言え----対応していた。そして本作では、テロに対して為す術なく殺されてしまう民衆が主人公なのである。だから53年版と違って、この映画では軍隊の存在感が極めて希薄なのだ。

主旨を取り出せば、53年版と本作は全く異なる映画である。
だが、ディテール描写やエピソードは、驚くほど53年版と似ている。
小屋に火星人の電子アイが侵入する場面や、クライマックスで火星人の手がハッチから出てくる場面など旧作にそっくりだし、主人公が暴徒に車を奪われる場面もある。旧作で主役だったジーン・バリーとアン・ロビンソンがカメオ出演しているのもそうだ。そして、多分不評のひとつの理由であろうオープニングとエンディングのナレーションは、旧作に代表される50年代SFで非常によく使われる手法である。

本格SFは多くないとは言え、スピルバーグはこれまでもSF志向の強い作家である。この年代のSF志向の強い作家は、ジョー・ダンテやジョン・ランディスを例に挙げるまでもなく、最近の若いジャンル監督よりも過去の作品へのリスペクト度が高いのが特徴である。そんな中スピルバーグは、ディズニー好きは顕にしても、意外にSF趣味をさらけ出してこなかった。
だが本作はそうではない。
スピルバーグは、H・G・ウェルズの原作、そしてジョージ・パル/バイロン・ハスキンによる53年版に対して、驚くほどのリスペクトをしてみせたのである。ダコタ・ファニングがヒステリックでウザイとか、ティム“デコッパチ”ロビンスは必要だったのかとか、ボルチモアは何故無傷なんだとか、ツッコミどころは色々とある。
最大の謎は、火星人が繁殖させた赤い草だ。どう考えてもテラフォーミングのためだろうに、そこまで用意周到な火星人がバクテリアで死んじゃうの?赤い草の描写が余計だったんじゃないのか?とか。

でもね、そんなことはいいの。
みんながこの映画をどんなにダメだって言ったって、旧作と原作へのリスペクトをこんなにしてくれたから、オレにはある意味感動的ですらあったよ。

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2005.07.02

7/2 『ウォリアーズ』

DVDで『ウォリアーズ』を観る。

“グラマシー・リフス”の呼び掛けで、ブロンクス公園にNY中のストリート・ギャングが集結した大集会で、カリスマ的リーダーのサイラス(ロジャー・ヒル)が殺された。集会に参加していたスワン(マイケル・ベック)ら“ウォリアーズ”は濡れ衣を着せられ、全てのチームから命を狙われる羽目になってしまった。彼らは自分たちの縄張り、コニー・アイランドに辿り着くことが出来るのか…?!

何度観てもカッチョイイよな、この映画。
敵地のど真ん中から、自分たちのテリトリーに戻るって、たったそれだけのシンプルな話だけに、ストレートに燃える映画になっている。出てくる敵対グループも“ベースボール・フューリーズ”(KISS風メイクをした野球ユニフォームのグループ)をはじめとして、バカバカしいと言ってしまえばそれまでだが、撮影と編集がスタイリッシュなんで全然飽きずにグイグイと引き込まれる。
途中から“ウォリアーズ”と合流するアバズレ女は、『ストリーツ・オブ・ファイヤー』のデボラ・ファン・フォルケンバーグ。あっちではトム・コーディのイカシた姉貴だったが、こっちはホントにすれっからしな雰囲気なのがいいねぇ。
一番脂の乗ってた時期のウォルター・ヒル作品だもん、かっこよくないわけがない。『GTA』のロックスター社がゲーム化するらしいけど、面白いゲームになるといいなぁ。

久し振りに観てあんまり面白かったので、ついでに『ストリート・オブ・ファイヤー』もエレン・エイムのシーンだけ飛ばし見しちゃったよ(笑)。

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2005.06.26

6/26 『宇宙戦争』(オリジナル版)

DVDで『宇宙戦争』を観直す。
もちろんジョージ・パル/バイロン・ハスキン版だ。

ある晩、カリフォルニアの片田舎に火の玉が落下した。偶然にも近所に釣りに来ていた物理学者のフォレスター(ジーン・バリー)は、その隕石が大きさの割に妙に軽いことに気付いた。翌晩、突如その隕石の中から奇怪なマシーンが現れ、人と言わず物と言わず、全てを焼き尽くして進み始めた。時を同じくして、世界中に同様の隕石が落下する。あらゆる攻撃を全く受け付けない彼らを撃退する術は果たしてあるのか…?!

俺の最も好きな映画の1本として十数回は観ているけれど、スピルバーグ版を観る前の最後の復習として。

何度観ても素晴らしい。
この映画の製作年は1953年。つまり『ゴジラ』よりも1年古い映画なのだ。その時代にテクニカラーでこれだけの特撮映画を作っているのだから驚きだ。最大のハイライトであるウォーマシンによる破壊のスペクタクルの圧倒的なまでの迫力。極彩色の侵略戦争。ミニチュアのスケールと撮影速度の計算が絶妙で、次々と木っ端微塵に壊されていくビルジングの素晴らしさよ。

もちろん、特撮だけの映画ではない。
人類最後の希望として、ロッキー山中の研究所に移動して研究を続けようとする科学者たちを、暴徒が襲って全て台無しにしてしまう描写も、当時のSF映画としては異色である。完全に大人向けとして作っていたのだろう。

『月世界征服』の冒頭では、ウッドペッカーがロケットの理論を説明するアニメが付いていた。本作では、ウォーマシンから奪った電子カメラを使って、火星人の見た目映像を見せたり、3機編隊のウォーマシンが三角形に絨毯攻撃をしていくのを黒板で図示したりと、科学や理論をサラリと説明する。ジョージ・パルは、常にリアリティの上にもっともらしいウソをついてみせる。当時最高のサイエンス・アーティスト、チェスリー・ボーンステルを起用して、SFの“S”の部分をビジュアルで具現化して見せるのもジョージ・パルならではのやり方だ。
この心配りとSFマインドが、凡百のSF映画とパル作品を分ける一線でもある。
まさにSF映画の金字塔である。

スピルバーグ版が面白いのかどうかは分からないが、面白くなかったら絶対に許さねぇ。

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2005.06.23

6/23 『エレクトラ』

ヴァージン・シネマズ六本木のアートスクリーンで『エレクトラ』を観る(どこら辺がアートなんだか…)。

エレクトラ(ジェニファー・ガーナー)は、凄腕の“FemaleガイジンAssasinn”として、日々依頼されたターゲットを殺戮していた。ある日、相棒のマッケイブが持ってきた仕事を受けた彼女だったが、それはごく普通の父娘を殺す任務だった。彼らと個人的に交流を持ってしまったが故に、任務遂行が出来なくなってしまうエレクトラ。そんな彼らを、Mr.ロシ率いる謎の集団“ザ・ハンド”が追っていた…。

世間の評判はすこぶる悪いが、オレは嫌いじゃない『デアデビル』のスピンオフ企画。

エレクトラって『デアデビル』で死んだんじゃなかったっけ?と思う人も居るだろうが、謎の武道(?)“キマグレ”の力で死の淵から蘇ったのだ。なんですかね、「キマグレ」。そんないい加減そうな名前にもかかわらず、極めれば死者蘇生も出来れば、予知能力まで身に付いてしまう凄い武道。オレも「きまぐれ本格派」になってみたいぜ、なぁチーボー。

そんな与太は置いといて、脚本がアタマ悪すぎとか、“ザ・ハンド”も“キマグレ”も何をしたいのか全然分からないとか、ダメダメなポイントがてんこ盛りだが、そんなことはとりあえず許す。アメコミ映画はヒーローがイカシてれば文句は言わん。だけどどーなのよ、エレクトラ。『デアデビル』に出てた時はそれなりにカッチョヨカッタのに、今作ではちょっと綺麗めなニューハーフにしか見えない。骨太そうな身体、突き出た頬骨、本当に女なんですか、ジェニファー・ガーナー。コスチュームの股間あたりが妙にダブついてんのは、もしやモッコリを隠すためなのでは?と疑いたくなってしまった。

米国では無名のボブ・サップがあんな程度の扱いなのは当然だが、ケリー・ヒロユキ・タガワの扱いはちょっとヒドイ。一応悪の親玉なのに、最後は出てこないでウヤムヤで終了ってのは、いくらなんでもないよな。

監督は「サラマンダー」のロブ・ボウマンだから、それなりには期待してたんだけどな。

ところで、ケリー・ヒロユキ・タガワの手下の中に、神山繁に激似の人が居なかった?

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2005.06.18

6/18 タヌキショック

ウッソーっ!『オペレッタ狸御殿』がもう終ってる!!!!!!!関東近県のどっこも----新宿ピカ4ですらやってない!小さい小屋へのムーブオーバーすらなく、まさか3週で打ち切りなんてヒド過ぎる。チケット買ってたのに…。うう…ひどいや、松竹(しのび泣)。

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2005.06.03

6/3 『エイリアン2』

DVDで『エイリアン2 完全版』を観る。

57年ぶりに回収され、ノストロモ号から生還したリプリー。彼女がエイリアンと遭遇した惑星はアチェロンと名付けられ、植民惑星としてテラフォーミングされていると言う。そしてアチェロンからの連絡が途絶え、リプリーは宇宙海兵隊と共に再び悪夢の惑星へと向かう…。

もう説明なんていらんね。

お馴染み『エイリアン2』が無性に観たくなった。アルティメット版DVDで観るのは初めて。
音はガンガン回り、画質もなかなか良い。

さてこの完全版、リプリーの娘が既に死んでいたことが分かるシーンや、ニュートの両親がエイリアンに襲われる場面など、カットされていた場面が色々と加えられ、劇場公開版よりも物語的には深いものになっている。だが、それでもやっぱりオレは劇場公開版の方が好きだ。全体としてのテンポが、劇場版の方が全然上である。物語的な追加が全体をもたついたものにしているように思うんだが、キャメロンはこっちのバージョンの方がすきなんだろうなぁ。

ところで、新作の『銃夢』はどうなってんだ?

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2005.05.21

5/21 『After the Sunset』

機内映画で『After the Sunset』(日本未公開/吹替え版)を観る。

凄腕の盗賊マックス(ピアース・ブロスナン)とローラ(サルマ・ハエック)は、厳重な警戒をかいくぐって、ナポレオンの剣にはまっていたと言われる3つのダイヤの1つを盗み出した。FBIはマックスが犯人であることを確信していたが、証拠がないために逮捕することができない。そしてローラの希望により、2人は引退して南の島で余生を送ることになった。だがその島へ、FBIのロイド捜査官(ウッディ・ハレルソン)が追ってきた。実はこの島に、ナポレオンのダイヤが来ているのだ…。

『ラッシュ・アワー』のブレット・ラトナー監督によるユル~い映画。
厳重な警備をかい潜っての盗み、ハエックの過剰なお色気と恋愛展開、ハレルソンとのバディ・コメディと、色々な要素が入ってるんだけど、どれもこれもが中途半端で一体ナニをやりたい映画なのかよくわからん。出来ればダイヤを盗み出す場面だけでも、もっと綿密かつシャープなものにしてくれれば、もっと楽しめたのに、すっごい凡庸な映画になってしまっている。島の陰の実力者がドン・チードルってのも小物感溢れすぎだよね。

ピアース・ブロスナンがPDA風のメカを使って、他人の乗っているクルマを外部から操縦する場面があるんだけど、これって007のセルフパロディなのかな?ブロスナンもこんなんばっかりだな。ボンドのイメージを利用してばっかりだと、すぐ飽きられちゃうんじゃねぇの?

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2005.05.02

5/2 『アビエイター』

定時で仕事を上がり、丸の内ルーブルで今日で終わりの『アビエイター』を観る。

父の事業を引き継いだ大富豪のハワード・ヒューズ(レオナルド・ディカプリオ)は、単身ハリウッドに乗り込み、その財力を注ぎ込んで航空映画「地獄の天使」を製作した。3年がかりの超大作は、ハリウッド業界人から冷ややかな目で見られていたが、大ヒットを記録。さらなるヒット作を作りながら、今度は航空会社TWAを買収する。飛行機と映画に、自らの夢を託すハワードだったが…。

ハワード・ヒューズの名前は知ってても、実際に映画を観た事なかったし、航空業界での彼のこともほとんど知らなかった。いかんなぁ、不勉強で。でも、ハワード・ヒューズ自体への理解度が低かったからこそ、この映画は面白かった。

どんなに状況が悪くても、どんな批判をされても、妥協をせずに作られていく『地獄の天使』の舞台裏。モノを作る人間は、本来こうでなくっちゃいけないんだろうけれど、こんだけの大金を出せる人間が居ないのもまた事実。現代だと、私費で『スター・ウォーズ』を作っちゃうジョージ・ルーカスくらいか?(もちろん、ハワード・ヒューズの方がスケールが全然デカいんだろうけど)
で、映画が成功したら、今度は航空機産業へ進出。題名にもなって居るくらいだから、映画以上に情熱を傾けていたんだろう。機体をネットリと撫でる姿は、まるで女性の裸体を撫でるかのようなエロさがあって、なんともイヤラシイ。それほど愛した飛行機だからこそ、その行く手を阻むパンナムとの争いに激高したんだろうなぁ。そんなハワードが、どう考えても勝てない状態の公聴会で追い詰められ、それを一気に巻き返していく弁舌がまた小気味良い。この手の映画の王道と言ってしまえばそれまでだけれど、法廷モノのクライマックスって好きさ。

3時間の長尺作品だが、飽きることなくグイグイと引っ張られてしまった。やっぱり上手いよスコセッシ。

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2005.04.30

4/30 『阿修羅城の瞳』

丸の内ピカデリー2で『阿修羅城の瞳』を観る。

江戸の町を跳梁跋扈するする鬼と、鬼を退治するために戦う「鬼御門」たち。かつて“鬼殺し”と呼ばれた病葉出門(市川染五郎)は、5年前のある日を境に鬼御門を辞め、舞台役者となっていた。彼はある日、「闇の椿」と呼ばれる盗賊団のつばき(宮沢りえ)と出会い、恋に落ちる。だが彼女には、彼女自身が思い出すことの出来ない過去があった…。

ここ数年、何故かよく分からないが、“ファンタジー時代劇”あるいは“特撮時代劇”が多く作られている。『さくや』『あずみ』『陰明師』『五条霊戦記』『牙吉』などなど。おまけにこれからも『忍』『オペレッタ狸御殿』など、次々と公開予定になっている。オレは『赤影』(もちろん『Red Shadow』ではない)や『大忍術映画ワタリ』が好きな人なので、最初はこの風潮を喜んでいたのだが、出てくる映画、出てくる映画、どれもこれもが面白くない。ハッキリとゴミとしか言えないようなものもある。

そんな中で、この映画は随分とマトモな部類。元々が舞台であるためにスケールが大きそうな割に狭い世界観、明らさまなデジタル合成、平板なCG等のテクニカルな(かつ予算的な)問題、欠点を幾つも抱えてはいるけれど、それでも割と楽しめる映画になっている。

劇団新☆幹線の同名舞台は観ていないので、原作と比べてどうなのかはなんとも言えないが、少なくとも舞台から映画への翻案がちゃんと為されているような気がする。先日観た『オペラ座の怪人』のような、「映画化した意味あるの?」ってなものではなく、「舞台ではどうやってたんだろう?」と思わせる描写が多い。

見栄を切る染五郎は流石の歌舞伎役者(それがあまりにも舞台的なのはマイナスだが)だし、つばきがかんざしを取りに出門の楽屋に忍んでいく場面の、小指と小指に赤い糸が結ばれる瞬間なんて、いいじゃないですか。宮沢りえは、もうちょっとふっくらした方が魅力的なんだけど、それでも女優としてきっちり仕事をしている。周囲のクドイ芝居の中で、逆に浮いてしまったのが可哀想ではあるけれど。

同じ滝田洋二郎監督の『陰明師』『壬生義士伝』が非常に退屈だっただけに、あんまり期待してなかったんだけど悪くはないんじゃないのかね。

それにしても、クライマックスのデジタル合成された巨大な宮沢りえの顔!イメージ的に手垢が付きまくりで古臭いだけでなく、単純に目線があってない芝居がイヤだ。もうこーゆー描写はやめようよ。

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2005.03.27

3/27 『あずみ2 Death or Love』

新宿グランドオデオンで『あずみ2 Death or Love』を観る。

徳川の使命を帯びて、最後の標的である真田昌幸(平幹二郎)を追う刺客のあずみ(上戸彩)とナガラ(石垣佑磨)。だが真田は上野甲賀衆の手を借りて、豊臣の再興を目論んでいた。ある日、あずみは、夜盗の金角(遠藤憲一)と銀角(小栗旬)に出会う。銀角は、かつての仲間であり、あずみが斬ったナチと瓜二つだった…。

弱ったね、どうも。
全然気合も入ってないし、もちろん面白くもない。監督が金子修介に変わったから、龍平ちゃんの前作よりは上だろうと思ってたのに、アレよりもつまらないってのはどーゆーこと?映画としてのまとまり方はこっちの方がいいかもしれないが、どうにもテンションが低い。プロローグでのあからさまなハイビジョン合成から、笑顔のまんま崖を落ちていく上戸彩のカットの流れで、「なんかヤベェぞ、この映画」と思ったら、ほんとにヤバイ映画になっちゃってた。

唯一のポイントは、川尻義昭が脚本に入ってたこと。そのおかげで、刀をブーメランのように投げる六破と、ワイヤーを飛ばしまくる土蜘蛛が、丸っきり川尻アニメとしか思えないキャラになっている。こんな川尻キャラが出るんなら、戦闘シーンの演出も川尻本人にやってもらえば良かったんじゃない?折角のキャラが、全く活きてないアクションにガックリだな。

ついでに、高島礼子の乳首ピアス型甲冑と「極妻」な啖呵に引きまくり。高島礼子にアクションが出来るとは端から思っちゃいないけど、アクションに全てデジタルで残像を乗っけて逃げるってのも芸が無さ過ぎだぁね。

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2005.03.26

3/26 『エターナル・サンシャイン』

新宿ピカデリーで『エターナル・サンシャイン』を観る

ある日、ジョエル(ジム・キャリー)が受け取ったラクーナ社からの手紙には、「クレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)はあなたの記憶を全て消去しました」と書かれていた。喧嘩別れしたとは言え、自分の彼女のクレメンタインが自分との過去を全て消してしまったことに憤ったジョエルは、自分も、彼女との記憶を消すことを決意した。ラクーナ社を訪れると、一晩寝ている間に脳の中の特定の記憶だけを消去できると言う。早速自分もその施術を受けることにしたが…。

チャーリー・カウフマンらしい、実にトリッキーな物語である。一体どこに着地するのかが全く分からない。次々と起きる展開もそうなら、映像としても斬新なものが多い。同じハリウッド映画ながら、ハシゴして観た『ナショナル・トレジャー』とは対極にあるな。あんまりネタバラシすべき映画じゃないから多くは語らないが、これはなかなか面白い映画だ。
そして、キルステン・ダンストが珍しく可愛い!これだけでも観る価値があるかもしれない(ヲイヲイ)。
それにしても、チャーリー・カウフマンが絡んでる映画って、どうしてこうドレもコレも画質とか発色が悪い…と言うか、ザラッとしたアート系っぽい質感なんだろう?監督が同じだってんなら分からんでもないが、脚本だからねぇ。

ところで、最近記憶(とか過去)を題材にした映画が猛烈に増えてないか?『バタフライ・エフェクト』『フォーガットン』『50回目のファーストキス』etc、etc…。数年前までは“アイデンティティもの”が多かった気がしたが、なんか記憶に集中してきた。いずれにせよ、“ディック的なもの”に人々が惹かれるようになったってことなのかもしれないね。

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2005.03.13

3/13 『オペラ座の怪人』

新宿文化シネマ2で『オペラ座の怪人』を観る。

1919年の巴里の廃墟で、オークションが行われていた。ここは1870年代にはオペラ座で、“ファントム”と呼ばれる怪人によって、次々と奇怪な事件が起こされた場所なのだ…。
オペラ座の新しいオーナーの青年貴族、ラウルが劇場へやって来た日、歌姫のカルロッタが癇癪を起こしたせいで、コーラスガールのクリスティーヌが代役として新作オペラの主演に大抜擢される。新しい歌姫の誕生に沸き返る観客たち。実は彼女は、ラウルの幼馴染みでもあったのだ。そしてクリスティーヌの才能をここまで引き出したのは、ほかならぬファントムその人であった…。

言わずと知れたアンドリュー・ロイド=ウェバーの超有名ミュージカルを、自身が製作し、ホモオヤヂのジョエル・シューマカー(どうしてもシュマッチャーって言っちゃうんだよな)が映画化。
その結果は…だるい映画になってしまった…。
確かに、ビジュアル派のシューマカーらしい映像的な見せ場はある。冒頭で廃墟と化したオペラ座が時代を遡ってみるみる復元されていく様や、クライマックスのシャンデリアの落下シーンなどいかにも映画的で、舞台では決して出来ない見せ方である。でも、ただそれだけだ。

舞台ミュージカルの流れを、そのまんま映画に移し変えてみても、あまり面白くはならない。映画と舞台では約束事が違うのに、なぜこんなに手を加えないままにしてしまったのだろう?
舞台は、“舞台”と言う狭さ故に成り立つことが多い。限られた人間、限られた空間、限られたセット。だからこそ観客は想像力で補ってみたり、多少のおかしなことも見ない振りをしたりすることで成り立っている。映画はそうではないと言うことを、この映画はまざまざと見せ付ける。こんなにも破綻して、こんなにもリアリティのない繋がり・展開が映画として許されようはずもない。
せっかくの名作を手に入れながら、映画らしい脚色や変更を加えなかったことが、この映画の失敗だ。

『オペラ座の怪人』を下敷きにしたはずの『ファントム・オブ・ザ・パラダイス』が、如何に素晴らしい映画だったのかを改めて思い知らされた。

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2005.01.28

1/28 『海を渡る波止場の風』

DVDで『海を渡る波止場の風』を観る。

桜島に五千万円を積んだセナスが墜落した。しかし、残骸からは金も死体も見つからず、操縦士野村光彦(青山恭二)による狂言と思われた。光彦の婚約者である尚子(浅丘ルリ子)は彼を信じ、貿易会社の社長である父(山内明)と一緒に鹿児島へとやって来た。事故現場に佇む尚子は、やくざの奥山五郎(宍戸錠)に襲われるが、危ないところを流れ者の野村浩次(小林旭)に助けられる。2人の男は、どちらも事故について何かを知っているようだったが…。

意外と複雑(そうか?)に展開する“流れ者シリーズ”の第2弾。監督も前作に引き続き山崎徳次郎が続投。
前作と同じ60年の製作で、かつアキラ演じる浩次は名前もキャラクターも同じはずなんだが、元麻薬捜査官って設定はすっかりどこかに置き忘れてしまったかのような内容だ。青山恭二が実は生き別れた弟だったって設定も含めて、う~む…このアバウトさは、さすが日活!

今日行ってきた「小林旭銀幕研究会」によると、チンピラたちが銃を構えたりナイフを持ったまま、アキラが唄ってる間中ず~~~っと襲い掛かりもせずに待っているスタイルはこの映画から始まったんだそうな。言われてみればそんな気がする。実際この映画では、「アキラのズンドコ節」を延々唄っている間、延々と高品格が割ったガラス瓶を構えたまま手持ち無沙汰に待っている。「ズンドコ節」の歌詞ではないが、♪1年前には知らなんだ~ 半年前にも知らなんだ~♪って感じだ。

セスナの墜落シーンは、恐らくミニチュアだと思うのだが、一体誰がやっているのだろう?思いのほか良く出来ている。

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2005.01.15

1/15 『E.T. 20周年アニバーサリー特別版』

DVDで『E.T./20周年アニバーサリー特別版』を観る。

今更なので、あらすじは割愛。

もう15年ぶりくらいだな。この映画を観るのは。
…と言っても、今回観たのは“アニバーサリー特別版”と呼ばれる新バージョン。
初公開時に警察の持ってたショットガンが、このアニバーサリー版ではCGの無線機に差し替えられている。「そんなバカなことをするのはルーカスだけだと思ったのに、スピルバーグ、お前もか!」と、一部で物議を醸し出したものだ。でも、このバージョンを初めて観たけど、そんなに気にならないじゃん。「アレ?今のところだったかな?」なんて感じで、うっかり通り過ぎちゃったよ。
そのほか、E.T.自体をCGで差し替えてたり、色々といじくってるみたいだけど、意外と気にならない。元々のバージョンを見返せば、色んなところが気になるのかもしれないけど、まぁ、俺が『E.T.』にはそんなに思い入れがないからかもしれないな。

観終わってから気付いたんだけど、これの音声特典は結構面白いことをやっている。アニバーサリー版のプレミアは、ジョン・ウィリアムスの生演奏付きで上映したらしいのだが、その時の会場の音がそのまま収録されているのだ。耳を澄ませると、拍手の音や笑い声が聴こえてくる。『ロッキー・ホラー・ショー』のDVDでも同じこと(『ロッキー・ホラー』は「映画館ライブ」ってLP&CDが出ていたくらいだから、それだけでも十分に面白いものだった)をやってたし、アッチほどは面白くはないんだが、試みとしてはアリだよね。

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2004.12.25

12/25 『エイリアンVSプレデター』

新宿スカラ3で『AVP』こと『エイリアンVSプレデター』を観る。【ネタバレ】

正体不明の熱源が、南極の地下で発生しているのをウェイランド社が発見。チャールズ・ビショップ・ウェイランド社長(ランス・ヘンリクセン)は、早速各分野のエキスパートを集め調査隊を結成し、自ら陣頭指揮を執って南極に赴く。地下深く潜った調査団は、そこに巨大ピラミッドを発見した。だが彼らが内部に入って行くと、ピラミッドの扉が閉じてしまう。そこは、100年周期でクイーン・エイリアンが卵を産み、プレデターたちが成人の儀式としてエイリアンと戦うための神殿だったのだ…。

コミックスやビデオゲームでは随分前から展開されていた『エイリアンVSプレデター』が、『フレディVSジェイソン』のヒットによって、にわかに映画化。おまけに監督はポール・W・S・アンダーソン。期待すべきか、どうなのか?

前半のかったるい展開と、プレデターの擬人化がちょっとやり過ぎってとこを除けば、かなり面白いものになっている。文句も色々あるんだが、ま、これはこれでアリでしょう。『エイリアン5』ではないが『プレデター3』だったってことで。
流石(?)はアンダーソン、自身がヲタクだけあって、エイリアンとプレデターのそれぞれの特徴なり、これまでの作品なりをきちんと理解している。その上で、両者を対決させて、人類も絡めて、かつレイティングをPG12に抑えて、濃いヲタクもごく普通の観客もそれなりに満足させて…と、かなりの高難易度の仕事だと思うが、好きだからこそ出来ましたってことだろうなぁ。
カット割が細かくて、何が起きてるのか分からない場面はちょっと残念だが、ガチンコ対決はそれなりに面白く、ドタンドタン走ってくるクイーンもイカス。少なくとも『エイリアン3』『4』よりは面白いんじゃないかな。

文句じゃなくて疑問点は、『エイリアン』シリーズのビショップとの繋がり方。本作で出てくるビショップが、『エイリアン2』のビショップの○○○だってのは分かるんだが、それがなんであんな扱いになったのか?創業社長なんでしょ?チャールズ・ビショップ・ウェイランドって。
古代文明の関係性も、人に聞いてやっと分かった。エジプト、カンボジア、アステカのピラミッドの要素が全て入ってて、それぞれの言語が残されてる地下ピラミッド。それぞれの文明が、移動手段もない時代にプレデターによって集められた、ってんなら分かるが、地球の全文明の発祥の地がそこだったってのは難しすぎる。そんなら言語が独立した状態で3種類もある訳なのかしら?3言語が混じったような謎の言語体系ってんなら理解もするが…。

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2004.12.19

12/19 『オールドボーイ』

シネマスクウェアとうきゅうで『オールド・ボーイ』を観る。【ネタバレなのか?】

どこにでも居るような普通のサラリーマン、オ・デス。一人娘の誕生日の夜、彼は何者かに誘拐され、ビジネスホテルのような小さな部屋に監禁されてしまった。窓もなく、テレビとベッドが備え付けられた部屋で、理由を教えられぬまま15年の歳月が過ぎた。その間に妻は何者かに殺され、その容疑も自分に掛けられてしまった。そして彼は、誘拐されたその場所で突然解放される。デスは偶然知り合った若い女性ミドとともに、復讐のために犯人を探し始める。そしてその犯人と思われるウジンまで辿り着くが、ウジンは「5日以内に謎を解け」と言う。いったいウジンは何の目的で彼を監禁していたのか?

今年のカンヌでグランプリを受賞した話題の作品。韓流ブームとか言われても、オレにはなぁんにも関係なく、韓国映画ってなんか劇場で観る気がしない作品が多かった。もちろん『冬ソナ』なんてのは一度も見たことないし、見る気もないのだが、この映画は予告編から惹かれていた。シネスコ画面を上手く使ったアクション場面、15年監禁された男を巡るサスペンス、独特な殺伐としたムード、その上原作は日本マンガと、予告の中だけでも観たい気にさせる要素が揃っていた。で、観てみると…

うっわああぁ…重い、重いよ、コレ…。
オ・デスがハンマー一本で敵と戦う場面の画面使い方、スタイリッシュでありながら荒らした画質ゆえに殺伐としたムードの出し方など、どれもこれも非常に巧い。カン・ミジョン演じるミドもこれが映画デビューとは思えないほど上手いし、体重&体型まで変わってるチェ・ミンシクの役者根性も唸らされる。
サスペンスの展開は素ン晴らしく面白く、一体どうなって決着が付くのか予想も出来なかった。キーポイントとなるのは「なぜ15年間監禁されていたのかではない。なぜ開放されたのかだ」という言葉。その視点のずらし方はお見事。マジで画面に釘付け状態。…と、ここまでは絶賛。だけど、どんなにいい映画、凄い映画であっても、2度観る気にはならない映画もある。この映画がまさにそれだ。観終わった観客の大半は、そのオチ故にズシンと暗ーい気持ちになるだろう。そして、“凄かったけどもう観る事はない映画”ってジャンルにカテゴライズするんじゃないだろうか?ちなみに原作とはオチが違うんだそうで、そっちはここまで暗くないらしい。
ともあれ、この演出力も脚本も、それをまとめ上げたパワーも大したものだ。確実に一見の価値のある映画ではあるだろう。

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2004.11.20

11/20 『80デイズ』

新宿ミラノで『80デイズ』を観る。【ネタバレ】

19世紀末のロンドン。1人の泥棒ラウ・シン(ジャッキー・チェン)が銀行に忍び込み、中国の仏像を奪った。しかし警官の追跡は厳しく、追い詰められた泥棒は、発明家フィリアス・フォッグ(スティーブ・クーガン)の家に飛び込んだ。賊はパスパルトゥーと名乗り、助手にしてくれと頼み込む。フォッグは、王立科学アカデミー会員たちの物笑いの種になっている変わり者だった。ある日彼は、「80日間で世界一周する」できるかどうか賭けをすることになってしまった。ラウ・シンは、これに便乗して中国へ帰ろうと企てるが…。

ファミリー向けの娯楽としてはアリだけど、映画としてはシッチャカメッチャカだな。
大胆なアレンジってのは別に構わんし、パスパルトゥーが中国人ってのも、まあいいんじゃないすか。でも、80日で世界を周ることよりも、「パスパルトゥーを騙る中国人が、仏像を奪い返して故郷の村に戻す」(『マッハ!!!!!!!!』か?)ってことの方がメインになってるのはどうなんだい?おまけに彼らを追ってくるのが中国の女将軍(カレン・モクが怪演!)で、パスパルトゥーは、あのウォン・フェイフォン(サモ・ハン・キンポー)の仲間“テン・タイガー”の一員で、ピンチになったらフェイフォンが助けに来る…。え~と…、この映画なんの映画だったっけか。これって欧米資本で撮った香港映画なんじゃないの?ジャッキーが製作総指揮になった段階で、この物語を80日間世界一周にする必要が、既になくなってるんじゃないのかねぇ。
正確にカウントする必要はないけど、80日のカウントダウンも非常におざなりで、その日数で中国からイギリスに戻れる訳ないじゃん、と冷静にツッコミを入れたくなる。こんだけクチャな展開の映画なら、どーでもいいんだけど。
監督が『ウェディング・シンガー』のフランク・コラチだから、もうちょっと巧く料理するかと思ってたんだが、どうやら大予算と10人以上もいる多人数プロデューサーに押しつぶされちゃったみたいだ。ついでに、『アイアン・ジャイアント』の脚本家、ティム・マッキャンリーズも途中で降ろされちゃってるみたいだしな。

そんな訳で、タイトルに偽りアリで、マトモじゃない映画になってしまっているが、逆にジャッキーのアクション・シーンは、最近のハリウッド・ジャッキー映画の中ではかなりマトモな部類。お得意の長椅子ファイトとかもあるし、日本人の観客は驚かないが、アメリカ人ファミリーなら楽しいのかもしれない。

シュワルツェネッガー、キャシー・ベイツ、オーウェン&ルーク・ウィルソン、ダニエル・ウー、そして1カットのみのジョン・クリース(何しに出てきたんだか…)と、無駄に豪華なカメオ出演(?)も、なんだかなぁ。

SFXスーパーバイザーは、かのキット・ウェスト。古くは『月世界最初の男』から、『レイダース』『ジェダイの復讐』などを手がけた大ベテラン。ついでに科学アカデミー会員#3としてチョイ役出演もしている。

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2004.11.19

11/19 『海から来た流れ者』

DVDで『海から来た流れ者』を観る。

大島に向かう船の中で、野村浩次(小林旭)は島で温泉を掘っている土建屋・藤徳組の社長の甥、修(川地民夫)と知り合う。修は、東京に新しい機械を買い付けに行った帰りだったのだ。藤徳組の藤田徳太郎(深見泰三)は、温泉掘りの資金を神戸(宍戸錠)から借りていたのだが、キャバレー「RedFire」を経営する神戸一味は、実は借金の返済よりも土地を取り上げることが目的だったのだ。そして、用心棒の前岡(葉山良二)を使って嫌がらせを繰り広げ、さらには藤徳の娘・礼子(浅丘ルリ子)を強姦しようとまでしていた。礼子は借金を返済するため、東京の実業家津久田(二本柳寛)に相談するが、津久田の秘書のルミ(筑波久子)は神戸の情婦だった…。

山崎徳次郎監督による60年製作の『流れ者』シリーズ第一弾。
この作品の肝は、日活無国籍アクションならではの“大島ウェスタン”とでも呼ぶべき異様な世界にある。馬に乗って現れるカウボーイハットのならず者たち、サルーン代わりに舞台となるキャバレー、そのキャバレーでのビール瓶を割っての乱闘、石油掘りそっくりな風景を醸し出す温泉掘りと、いつも以上にウェスタンっぽさが全開。
本作は、日活オールスターなキャスティングもゴージャスで魅力的。当面の仇役が葉山良二で、その後が待ってましたの錠で、でも一番の悪は二本柳って三段構えの構成。そこにいつもながらキュートだけど化粧の濃い(失礼!)ルリ子ちゃんと、山瀬まみみたいな筑波久子----『ピラニア』のプロデューサー「チャコ・ヴァン・リーヴェン」ですよ----の情婦が絡む。
人間関係が妙に複雑なんだが、そこはそれ日活無国籍アクションなので、筋を見失ったりすることは一切ない。
ちなみに、元麻薬捜査官って設定があろうがなんだろが、ともかくアキラはいつもと同じだ。今回の主題歌「ダンチョネ節」の素っ頓狂な歌声が、なんとも言えない雰囲気を醸し出す。

クライマックスの火山での対決もちょっとマヌケだが悪くはない。もしやここからルーカスはパクったのでは?(ないない、そんなこと)

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2004.11.11

11/11 『女を忘れろ』

DVDで『女を忘れろ』を観る。

田所修(小林旭)は元プロボクサー。学生ボクサーからプロに転向したが、対戦相手の関口(牧真介)を失明させてしまった。そのため早々に引退してキャバレーのドラマーになり、彼の入院・手術費用を稼いでいた。そんな修に惚れ抜いて同棲している女が居た。キャバレーで働く年上の雪枝(南田洋子)である。ある日、修は店で女子大生尚子(浅丘ルリ子)と知り合った。彼女は士建屋の大沢(安部徹)にアパート建築を頼んでいたが、資金が不足して工事が中断されていると言うのだ。その苦境を救おうと思い立つ修だったが…。

遂に「マイトガイ・アキラ・コレクション」が始まってしまった。
マイトガイと言えば、もちろん小林旭である。日活がアキラの芸能生活50周年に満を持して放つ(…っつーか、今まで出すタイミングがなかったんじゃ…)、DVD連続リリースである。第一弾は『女を忘れろ』『海から来た流れ者』『赤い夕陽の渡り鳥』『南海の狼火』の4本。おまけに“マイトガイ・プライス”(笑)で1本税込2940円だ。『渡り鳥』シリーズはLD-BOXを持ってるから悩んだんだが、リマスターだってことで、ええいっ!買っちまえ!ってなもんだ。

で、今日は59年の舛田利雄監督による『女を忘れろ』だ。
「アキラのブレイクのきっかけになった作品」とか書いてあるのを読んでいながら、実は今回が初見なんだな。
アキラもまだ若く、初々しさが残る青年顔の好青年。いつものごとく素のままと言うか、演技してないと言うか、“そのまんまアキラ”としか言いようのないスタアな芝居。だけど、演じるのは結構複雑なキャラクターだ。ボクシングの対戦相手の手術費用まで出してやってるのに、同棲相手の女の金品をちょろまかしたりもする。その上、その女には靴下まで履かせてもらう甘えっぷりなのに、別な女によろめいて、半殺しの目にあったりする。一種の性格破綻者?

結局、アキラが頼ることになるヤクザの吉野を演じるのは金子信夫。ヤクザと言っても今回はアキラのために一肌脱ぐ良い人で、阿部徹に向かって「黙ってろ小僧!」なんて言ってサマになる人はなかなか居ないよね。でもこの吉野が実はトンでもない役で、なんと裏で海外の諜報機関と繋がっていたってぇんだから驚く。どこの国の諜報機関なのか、オレは知りたいゼ。

ムチャクチャな話ではあるが、これはこれでなかなか面白い。この頃の日活アクションはやっぱいいなぁ。

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2004.10.31

10/31 『エクソシスト ビギニング』

新宿ミラノで『エクソシスト ビギニング』を観る。

第二次大戦末期、ランケスター・メリン神父(ステラン・スカルスガルド)は、眼前で行われるナチスの残虐行為を阻止できなかったため、信仰を見失ってしまった。彼は考古学者としてアフリカを放浪中に、古美術収集家からあると思われる彫像の入手を依頼される。それはイギリスの調査隊が発掘中の古い教会にあると言う。若き神父フランシス(ジェームズ・ダーシー)と共に発掘現場に向ったメリンは、医者のサラ(イザベラ・スコルプコ)や、村の少年ジョセフ(レミー・スウィーニー) と出会う。そして発掘中の教会の周辺で、次々と奇怪な事件が起こり始める…。

ジョン・フランケンハイマー亡き後、ポール・シュレイダー監督によって制作が進められていたが、撮影終了後に解任され、最終的にレニー・ハーリン監督作になったという、製作現場的爆弾を抱えたいわくつき映画。それだけに、全く期待してなかったから、意外と面白かった。
フリードキンの1作目のようなジワジワとした恐怖感は殆どなく、レニー・ハーリンらしく距離感や位置関係がよくわからなかったり(『ダイ・ハード2』ほどではないが)とか、弱点盛り沢山映画である。でもその分、ショッカー演出が優れてて、ホラー慣れしてるオレでも2回ほど「ヒャアッ!」っと飛び上がった。特にハイエナのシーンの脅かしっぷりは秀逸。単に音響に拠ったビックリ演出ではあるのだが、マジ驚いちゃったよ。

聞くところによると、シュレーダー版は地味すぎたので、ハーリンに交代したとのこと。スパイダー・ウォーク状態で壁を歩いたり、体をエビ反らせて起き上がったり、指が捻じ曲がって骨出ちゃったりする見せ場の数々は、ハーリン作品『プリズン』のテイストに通じるものがある。きっと派手めな部分の大半は、ハーリンが撮り直した部分だろう。
…と考えると、もしもシュレーダー版が出てもあんまり観たくないな。地味なキャストによる地味なオカルト----『サンタリア~魔界怨霊』みたいな映画になってそうだもの。

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2004.09.26

9/26 『ヴァン・ヘルシング』

ガラガラの日比谷スカラ座1で『ヴァン・ヘルシング』を観る。【ネタバレしてます】

19世紀のトランシルバニアにやって来た1人の男。彼の名はヴァン・ヘルシング(ヒュー・ジャックマン)、凄腕のモンスター・ハンターである。彼は、発明家の修道僧カールと一緒に、ドラキュラ伯爵(リチャード・ロクスバーグ)を退治するためにやって来た。ドラキュラは、フランケンシュタイン博士の発明を利用して、世界征服を企んでいたのだ。ヘルシングは、代々ドラキュラと闘い続けてきたヴァレリアス一族の最後の1人、アナ王女(ケイト・ベッキンセイル)と共闘し、ドラキュラの陰謀を阻止しようとするが…。

『ハムナプトラ』のスティーブン・ソマーズらしく、圧倒的な物量とやり過ぎ演出、そしてホラー愛で迫るバカ映画である。
フランケンシュタイン博士によるモンスターの創造を、思い入れたっぷりのモノクロ映像で描く冒頭に始まり、ハイド氏との戦い、ヴァンパイアたちとの戦闘、そして狼男の登場と、アクション、アクション、アクションでひたすら見せ場の連続。ここの『ハムナプトラ2』と同様、個々のCGの出来は特に気にせず、圧倒的な物量で押しまくる。
戦い方だってともかく物量。一見カッコ良さげだった“ガス圧式連射ボウガン”なんて、ともかく連射の嵐。溜めがまるっきりないんで、あんまり爽快感がない。これがゲームだったらこれくらい連射できた方が気持ちいいと思うけど、映画だったらもっと溜めないと勿体無いよ。
また、ヘンなオーバー・アクトとすっとぼけ感もソマーズ映画らしく、ドラキュラの3人の花嫁たちがともかく笑える。なんだかいつもオーバーに悶えるような演技がもう可笑しくって。でも一番笑ったのはヘルシングの設定だ。これパロディ映画なの?いや、ホラー映画のって話じゃなくて、『X-メン』の。
戦闘能力の極めて高い男が、自分の過去を失っているって設定だけで、「ぷぷぷっ」とか思ったのに、それがクライマックスではウルフマンになってしまう。これをヒュー・ジャックマンが演じるんじゃ、まるっきりウルヴァリンのパロディじゃん。全体に飽きることはないんだけど、なんか物量だけなんで、ちょいと空虚だったりもする。ま、ソマーズ映画だからこんなもんか。

色々文句も書いたけど、オレはこの映画は嫌いではない。
『ハムナプトラ』の1作目を観た時に、麻紀姐さんと「マミーじゃなくって、ブレンダンを主人公にしたモンスター・ハンターのシリーズにすればいいのにね」って言ってた通りになった訳だし。

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2004.09.20

9/20 『アイ,ロボット』

新宿プラザで『アイ,ロボット』を観る。

2035年のシカゴ。ロボットが普及し、ごく街中のありふれた情景となった世界。USロボティックス社が新型NS-5の発売を目前に控えたある日、同社のロボットの設計を担当するアルフレッド・ラニング博士が、密室で謎の死を遂げた。シカゴ市警のスプーナー刑事(ウィル・スミス)は、博士の部屋に潜んでいたサニーと名乗るNS-5に疑いの目を向ける。しかし、USロボティックス社のロボット心理学者スーザン・カルヴィン博士(ブリジット・モイナハン)は、“ロボット3原則”を理由に、サニーの無罪を主張するが…。

『クロウ/飛翔伝説』『ダーク・シティ』と、出来はいいけどマイナー感の強い映画ばかりのアレックス・プロヤスが撮った、初のメジャー感溢れる映画。でも、予算的には超大作だろうけれど、ウィル・スミス、ブリジット・モイナハン主演では、キャスティング的にはイマイチだな。

開巻から、JVCのCDプレイヤー、CONVERSEの“2004年型ヴィンテージ”のバッシュ、FedExの配達ロボット、AUDIのRSQと、『A.I.』を思い起こさせるような、 “つるべ打ち”のタイアップの数々がいきなり展開。このままタイアップだらけで進んでいく“企業CM映画”なのかと、ちょっとドキドキ。でも、この4社まででとりあえず終了なのでほっと一安心。

さて映画自体は、同監督の前2作ほどの才気は感じさせないものの、オレはコレ好きだな。まず、どうでもいいようなSFガジェットの散りばめ方が気持ち良い。駐車場でのクルマのしまい方、警察の黄色い進入禁止ホログラフ・テープ、走行しながら走行方向を90度回転できるトレーラー、街中を普通に歩いている夥しい数のロボットたち…等々、さりげない描写の数々が楽しい。
設定的にどうなの?とか、ロボット三原則の使い方が巧いか?とか、ブリジット・モイナハンがババ臭過ぎじゃないか、とか、ウィル・スミスの無意味なシャワーシーンなんて観たくない、とか、マイナスの要素も多々あるけれど、なんか楽しいんですよ。大して難しくはないけれど、ただひたすらドンパチやってるだけのブラッカイマー映画みたいなのよりは全然イイでしょ。
最大の不満は、ロボットNS-5のデザインがイヤっぽいことかな。旧型のNS-4の方がロボット、ロボットしてて断然愛嬌がある。あのロボットたちが、廃棄コンテナの中から顔を覗かせるシーンがとても切なくていい。廃棄すんなら電源切っとくだろうって、真っ当なツッコミもあるだろうが、情緒的に好きなんだよね、あーゆー画。

ラスト、観客次第で意味を幾つかに取れるのもいいところ。

関係ないけど、『ヴィレッジ』って『ダーク・シティ』にちょっと似てるんじゃないか?

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2004.09.19

9/19 『ヴィレッジ』

新宿文化シネマ1で『ヴィレッジ』を観る。

深い森の奥にある、外界から孤立した小さな村。この村には、森に棲むモノとの間での奇妙な掟があった。そしてその掟ゆえに、森に入ることはタブーとされていた。ある日、盲目の少女アイヴィー(ブライス・ダラス・ハワード)の恋人ルシアス(ホアキン・フェニックス)が、大ケガを負ってしまう。アイヴィーはルシアスの命を救うため、村の外に出ることを決意するが…。

物語について書くと、色々とネタバレなので殆ど書けないが、うーん…どうなんでしょ?オレは、このオチを面白いと思ったし、同監督の前作『サイン』よりも全然良かったんだけど、 ほぼ満席に入ってたお客さんたちは、満足っつーか、納得っつーかしたんですかね?
ロジャー・ディーキンズの撮影が素晴らしく、いつものような作意や創意溢れる映像ではなく、どちらかと言えば自然の光の色合いや田舎の風景を、美しくかつ絶妙に切り取っている。…と言えば、それは逆に、非常にマッタリと言うか、淡々とした映画になってる訳で、結構眠かったり、ツラかったりする客も多いんじゃないかと思うんだよな。ラストまでちゃんと観れば、「ああ、そうかっ!」って映画なんだけど、途中の村の描写でちょっぴり『刑事ジョン・ブック/目撃者』(本作にも出ているウィリアム・ハート&シガーニー・ウィーバーの方じゃなくって、アーミッシュのヤツね)とか思い出しちゃったよ。で、その後、『ジェヴォーダンの獣』なのか?と思ったら、またまた話は違う方向に…。
ウィリアム・ハートと言えば、比較的最近出ていた『エバーラスティング 時をさまようタック』もなんか似たようなテイストだったよね。森の奥に住む、他人と交わらない一家の話。

ああ、なんかハッキリ書けなくて非常にモドカシイ…。

ところで、ホアキンが『サイン』の時よりもメル・ギブソンに似てきたような気がしたんだけど、そんなことない?
ついでに、エイドリアン・ブロディってこんな顔してたっけ?最初、ポール・ルーベンス(=ピーウィー・ハーマン)かと思っちゃったよ。

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2004.09.04

9/4 『IZO』

『マーダー・ライド・ショー』からハシゴして、シアター・イメージフォーラム(B1)で『IZO』を観る。【一応ネタバレかなぁ】

1865年、“人斬り以蔵”と呼ばれた岡田以蔵(中山一也)が磔刑にされた。生前、土佐勤皇党首領・武市半平太(美木良介)に「斬って斬って斬りまくれ」と言われた、その怨念の存在となって、時間と空間を超越する。そして彼の前に立ちはだかる者は、老若男女、貴賎を問わずに斬りまくる。全ての権力に天誅を加えるために…。

サム・ライミの『クイック&デッド』を観た時に「ず~っと決闘してんなぁ」と思ったが、あの比ではない。ともかくIZOはありとあらゆるところに現われて、ありとあらゆる人を斬り続ける。本当に、時間も空間もここでは意味を成さない。ダンプカーの行き交う橋の上で新撰組と刀を交え、江戸時代の街並みでマシンガンで武装した特殊部隊と戦い、歌舞伎町で御用提灯を持った捕方たちを斬り捨てる。
128分間、ともかく斬りっぱなしに斬りまくる映画なのだ。

チーム・オクヤマと三池崇史の人脈を総動員した、信じられないほど豪華で綺羅星のごとき出演者たちが、バッサバッサと斬られていく。
主な出演者は…
中山一也、桃井かおり、松田龍平、美木良介、高野八誠、原田龍二、石橋蓮司、山本太郎、秋野太作、原田大二郎、ミッキー・カーチス、遠藤憲一、寺島進、高瀬春奈、中山麻理、菅田俊、松田優、石山雄大、TEAH、夏山千景、シーザー武志、山口祥行、ERIKU、塩田時敏、魔裟斗、片岡鶴太郎、ビートたけし、ボブ・サップ、緒形拳、内田裕也、原田芳雄、樹木希林、大滝秀治、松方弘樹、及川光博、岡田眞澄、勝野洋、篠田三郎、ジョー山中、曽根晴美、長門裕之、夏樹陽子、力也、そして友川かずき。もちろんこれで全部ではない。まだまだ続くのだ。

何をどうすればこんなにも物凄いキャスティングになるのか?
そして、何をどうすればこんな映画になってしまうのか?

一応、三池の劇場公開作品は必死にビデオでフォローしてかなり観ているつもりだし、オレは三池ファンと言っても過言ではないと思う。だが、これはダメだ。もはやこの映画は商業映画ではない。自主映画、いや実験映画だか前衛映画の世界に入ってしまっている。
今日観た場所がシアター・イメージフォーラムと言う劇場ではあっても、昔の四谷にあった頃のイメージフォーラムでよく上映していた、実験自主映画を観に行った訳ではない。

「よくぞこんな危険なテーマを扱った」と褒める人も居るだろう。突拍子もなくぶっ飛んだ展開に、喝采を贈る人も居るだろう。そのどちらの気持ちも分からないではない。もしかしたら海外の映画祭で大評判にんるのかもしれない。でも面白くない。ホントーに面白くないんだよ。
武知鎮典の脚本のせいなの?それとも三池崇史のせいなの?
確かに、こんなとんでもない映画を撮れる監督はザラには居ないだろう。

三池の映画が客を選ぶってことは充分に分かっている。これまでも、イマイチ俺はノレない作品もあったけれど、でも概ね好意的に観てきたし、ぶっ飛び系もシンミリ系も等しく嫌いではなかった。だがこれは…。
これからコッチの作風に行ってしまうのだとしたら、オレは三池作品とはお別れしなければならないだろう。
既知外と天才、実験とエンターテインメントのギリギリの境界を今回は越えてしまった。
境界線のギリギリ上に居るのならば、オレはまだまだ観続けるのだが…。

ところで、本日観た『マーダー・ライド・ショー』『IZO』の2本の映画で、一体何人の人が死んだのだろう。死ぬシーンがあったのが250人くらい?死ぬシーンのない死体も混ぜれば400人くらい?それとも500人分くらいか?

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2004.08.11

8/11 『X-MEN2』

なんだか急にSFX大作映画が観たくなって、DVDで『X-MEN2』を観直す。

人類抹殺計画を企てたマグニートー(イアン・マッケラン)を倒し、プラスティック牢獄に幽閉したチャールズ・エグザビア(パトリック・スチュワート)。だが、今度はチャールズへの復讐に燃え、全ミュータント抹殺を企てるストライカー(ブライアン・コックス)が現れ、ミュータントたちを危機に陥れる…。

好き/嫌いと言うことでは、劇場で観た時とあまり印象は変わらず、やっぱり1作目よりも面白いと思う。ケリー・フーのデスストライクの出番が少ないのが勿体無いけれど、レベッカ・ローミン・ステイモス演じるミスティークは素晴らしく魅力的なキャラ(見た目だけじゃなくて、中身もね)になってるし、ガンダルフ・ザ・“ゲイ”でお馴染みのマグニートーもジジイながら、今回の方がイイし、アラン・カミングのナイトクロウラーも大活躍…ってちょっとマテ!この映画、メインのX-MENたちに、今ひとつ魅力がないのはなんでかな?ウルヴァリンはまだ出番があるけれど、ジーン・グレイもストームもローグも、見せ場はあるけど大して意味はない。サイクロップス(おまえはリーダーなんじゃないのか?)なんて足引っ張るだけ。
X-MEN予備軍の、パイロやアイスマンの方が目立ってるけど、それでいいのか?
まぁ、3での活躍を期待しましょ。

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2004.08.05

8/5 『暗黒街の美女』

米版DVDで『暗黒街の美女』を観る。

刑期を終え出所した宮本(水島道太郎) は、下水道に隠しておいたダイヤと拳銃を手にして組に戻る。彼は、ダイヤ密輸事件で逮捕されたが、同じ事件で片輪になってしまった弟分の三原(安部徹)に、その宝石を渡そうとした。だが、ボスの大矢根(芦田伸介)はダイヤを狙っていた。一方その頃、三原の妹・亜紀子(白木マリ)は、大矢根の手下の情婦をやりながら、毎日気ままに生きていたが…。

鈴木清順の58年の監督作でモノクロ。映画全体はあまり清順らしくなく、そーゆー意味での面白さはあまりない。
その代わりといってはなんだが、この映画の見所はなんと言っても高品格。もちろん主役なんかではない。日活アクションでは毎度お馴染みの手下役だが、本作では最初から最後まで出ずっぱり。最近、『ロボット刑事』をずっと観てたから、特に高品格に目が行くってのもあるんだろうが、それにしても珍しいほど大きい役だ。
サウナに監禁していてのぼせ上がった白木マリの前で、「ここが500万、あそこが500万、それでここが500万…ちょこちょこっとで1500万だぁ~!」って1人芝居の場面が妙に可笑しい。ちなみにこの場面は、壁を挟んでの俯瞰ショットになっていて、ちょっと変わったアングル。数少ない清純らしさのひとつにもなっている。

いつもながら白木マリはあまり芝居が上手くない…っつーか、はっきりと“ヘタ”なんだが、それでも今回は実に魅力的なハマリ役である。「どーせあたしはズベ公ですよ!(本人台詞ママ)」な訳だが、勝気で奔放でちょっと胡散臭いんだけど、実は意外と純真って役柄は、まさに彼女にうってつけ。好みの女優じゃないけれど、この映画の彼女はとってもイイ。

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2004.08.01

8/1 『ウォルター少年と、夏の休日』

『ハリー・ポッター』を観ようと新宿ピカデリーの前まで行って、今日がサービスデーで入場料1000円だっての日だと気付く。こんな日に前売券で映画を観るなんて愚の骨頂。
急遽、新宿ピカデリー2で上映中の『ウォルター少年と夏の休日』を観ることにする。

1960年代のアメリカ。14歳の少年ウォルター(ハーレイ・ジョエル・オスメント)は、母(キラ・セジウィック)の運転する車でテキサスの片田舎へ向かっていた。母が速記学校に通う間、2人の伯父さんの家に預けられることになったのだ。だが、伯父さんたちはすぐにショットガンをブっ放す頑固爺で、家にはテレビも電話もない。嫌がるウォルターを無理やり置き去りにする母。ハブ(ロバート・デュヴァル)とガース(マイケル・ケイン)の2人の伯父さんたちとウォルターは、一体どんな夏休みを過ごすのか…。


嬉しい誤算と言うか何と言うか、全く観る気のなかった映画がこんなに面白かったりすると、とっても儲けた気分になる。
「第六感小僧主演のハート・ウォーミング映画」ってだけで、“幸せネジュミ講映画”『ペイ・フォワード~野望の王国』(え?タイトルが間違ってるって?)みたいな感動押し付け映画をイメージしてたら、これが全然違う。
ちょっとボケたキルゴア大佐と、隠居したペテン師の家に預けられた第六感小僧ってのが正しい(そうか?)。ペテン師マイケル・ケインが語るホラ臭い思い出話と、ともかく漢の論理だけでセールスマンから街のチンピラまでねじ伏せていくヤンチャ・ジジイのデュバルがサイコー!
あまり観る気がなかったので、予備知識が少なかったこともあり、予想外の展開にクスクス笑いがずっと続く。最初に「朝日新聞社推薦」みたいなクレジットが出たところで、「ああ、失敗した…」と思ったが、あっという間に引き込まれてしまった。
そして観終えてみると、シンミリ・ジンワリ系の感動作で、無理やり涙を絞ろうとしないところも好感度が高い。

ポイントは、デジタル・ドメインが共同製作だってこと。別にSFXバリバリの映画な訳ではないが、ただのハートウォーミング映画ってだけだったら、スコット・ロスが製作にまで関与する訳がない。これは地味なファンタジーでもあるのだ。
後でパンフを観て納得。この映画、『アイアン・ジャイアント』の脚本家ティム・マッキャンリーズの監督作で、製作総指揮は『オーロラの彼方へ』の脚本家トビー・エメリッヒだったのだ。なるほど、そう考えると、ちょぴっとムリめな展開ではあるけれど、掴み方が上手いのもむべなるかな。

この映画、絶対に中身を知らないで観た方が楽しいので、何にも知識を入れずに観に行くべし!とりあえず、この狙いすましたような『ウォルター少年と、夏の休日』なんて邦題から想像するのとはちょっと違う、小技の利いたこの夏意外なおススメ映画だ。

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2004.07.25

7/25 『アンダーワールド』

借り物DVDで『アンダーワールド』を観る。

人間の知らない世界で、ヴァンパイアとライカンは何百年にも渡って戦いを繰り広げていた。ヴァンパイアの処刑人セリーン(ケイト・ベッキンセイル)はある時、ライカンが1人の人間を追いかけていることに気づく。彼女はその男マイケル(スコット・スピードマン)を捕まえ、問い詰めるが、ライカンたちに急襲される。マイケルを咬んだライカンは、ヴァンパイアのリーダー、クレイヴン(シェーン・ブローリー)が昔殺したはずのライカンのリーダー、ルシアン(マイケル・シーン)だった…。

吸血鬼VS狼人間のバトルを描いたアクションもの。題材が題材ではあるがホラーではない。
巷では“スタイリッシュな映像”と言われているが、どうなんでしょう?確かに映像はカッコいいんだけど、なんかどこかで見たようなものが多いのも確か。ピュン先生の『ネメシス』をまんまパクッた、マシンガン床撃ち抜き脱出に始まり、ワイヤーとスローモーションを駆使した銃撃戦やバトルの数々は、『マトリックス』『ブレイド』の影響があまりにも色濃い。もうちょっと独自性の強い部分が欲しいよね。
ちょっとイイな、と思ったのは、セリーンが高所から飛び降りるシーン。着地でガッと沈み込まずに、地面にスルっと降り立って、そのまま歩き出す姿は身ごなしの軽い----シャープでしなやかなイメージを上手く出している。
あとは、いまどきの映画にしては珍しく、あまりCGを多用していない点は好感が持てる。メイキングで監督が言っていたが、クリーチャーはCGだと存在感が出ない。単純に画面での見え方も異なるが、それだけでなく、やはり特殊メイクを駆使したクリーチャーがその場にいるだけで、ほかの役者の芝居にも大きな影響が出る。

この映画の最大の収穫は、ケイト・ベッキンセイルに尽きるだろう。『パール・ハーバー』の“尻軽出っ歯女”が、こんなにもカッコいいダーク・ヒロインを演じられたのは意外。銃を撃つ姿もアクションも、なかなかサマになっている。

特典映像として、メイキングが数本入っているが、中でも「撮影風景」と題されたメイキングが楽しい。インタビューもナレーションもなく、現場のスナップ的なものを集めたものだが、現場の楽しそうな雰囲気が伝わってくる。ヴァンパイアの長老を演じたビル・ナイが、いちいち笑いを取るのが可笑しい。

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2004.07.18

7/18 『エクスカリバー』

『キング・アーサー』がどうしようもないクズだったので、DVDで『エクスカリバー』を観直す。

81年の映画だから、デジタルもCGもない。だから、迫力って一点で言えば、『キング・アーサー』の方が上かもしれない。だが、昔ながらのオプチカル合成とか特殊メイクとかしか使ってなくたって、物語と役者と演出力が雲泥の差。最初は情けない従者でしかなかったアーサー(ナイジェル・テリー)が、どんどん威厳や風格を増していくのはお見事。『キング・アーサー』と違って、ルー大柴にも似てないし。
お気に入りのシーンは、パーシヴァルの持ってきた聖杯を飲んで生気を取り戻したアーサーが、森を駆け抜けるシーン。次々に花が咲いていくのが、何度観てもグググっと来る。

もちろんストーリーは、正統的なアーサー王物語。映画用に脚色された部分や、省略された部分はあるけれど、カタルシスもなんもかんも、やっぱりこっちの方が全然上だ。

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2004.07.02

7/2 『エイリアン3 ディレクターズ・カット完全版』

DVDで『エイリアン3 ディレクターズ・カット完全版』を観る。【ネタバレあり】

アチェロンから脱出したスラコ号は、突発事故により囚人惑星フィオリーナ“フューリー”161へ不時着。ニュートもヒックスも死に、アンドロイドのビショップも処分された中、ひとり生き残ったリプリー。だが、救命艇内部にはフェイスハガーも潜んでおり、牛を媒介としてキャトル・バスターとなって、フューリーの囚人を次々と殺戮し始める…。

ほとんどの人と同じで、オレは『エイリアン』シリーズ中で最もダメなのがこの3作目だと思っている。だから劇場で観ただけで、その後は投げ売りしていたLDも買ったけれど1度も観ていない。そんな映画をわざわざ観直す必要があるのかと言えば、それはひとえに今回の“アルティメット版”では、30分も長いデヴィッド・フィンチャーが本当に作りたかったバージョンになったと知ったからだ。
それでも「面白くなってるの?以前に『マッド・マックス サンダードーム』をダメ映画だと思って再見したら、意外に面白かったこともあるしな…」と疑問半分期待半分で観たのだ。
結果から言えば、結構面白い。猛烈に期待値が低かったと言うだけでなく、バージョンの違いのせいも大きいように思う。

劇場公開バージョンは1回しか観ていないし、好きじゃなかったのであんまり覚えていないから、違いを詳細に語ることは出来ない。だが、上のいい加減なストーリーにも書いたように、まずエイリアンからして違う。公開前に伝えられていたストーリー通り、犬ではなく牛から産まれるのだ。そして犬は一切映画に登場しない。だが、産まれたエイリアン自体の描写が異なる訳ではないので、大きく映画に関わる部分ではない。(って言うか、犬のままでも問題なかったんじゃ?)
それよりも、ニュートの解剖シーンが結構詳細に描写されることが驚きだ。エグさ倍増ではあるが、それよりもリプリーの一種の強迫観念を描く意味で重要な場面になっている。
そして、クライマックスのリプリーが溶鉱炉に身を投げるシーン。劇場公開版では、リプリーの胸をぶち破って登場したクイーンを、抱きしめるようにも、ふん捕まえたようにも見えるまま、火の中に落ちていく。それがこのバージョンでは、胸をぶち破らない。リプリーの中に居るクイーンは、スキャン映像以外では一切姿を現さない。映画全体としてはエグい場面が増えている代わりに、最後は静かに----ある意味“厳かな雰囲気”さえ湛えている。
他にもたくさん違いがあるような気がするが、本当に以前はなかったのか、別な形だったのか、確信が持てない。コメンタリーか特典映像を観れば分かるんだろうけれど…。

劇場公開版とこの完全版の違いは、こちらの方がより深い印象を残すことは確かだ。そしてまた、こちらの方が完成度が高いように思われる。これが公開できなかったフィンチャーはさぞや悔しいことだろう。1や2を上回るほどの作品になった訳ではないが、少なくともあそこまで忌み嫌われなかったかもしれない。

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2004.04.18

4/18 『オーシャン・オブ・ファイヤー』

新宿ミラノで『オーシャン・オブ・ファイヤー』を観る。

19世紀末のアメリカ。白人とスー族の混血児フランク・ホプキンス(ヴィゴ・モーテンセン)はマスタングの愛馬ヒダルゴと共に、速達便の配達の傍ら、数々の長距離レースを制していた。だが、彼の届けた速達が元で、騎兵隊にスー族の一集落が虐殺されるのを目の当たりにする。数ヵ月後、彼は酩酊しながらワイルド・ウェスト・ショーで乗馬テクニックを披露するようになっていた。ある日、アラブの族長がフランクとヒダルゴの噂を聞きつけ、千年もの歴史を持つ競馬耐久レース“オーシャン・オブ・ファイヤー”に招待した。しかしそれは、灼熱のアラビア砂漠を3000マイル走破する、地獄のような耐久レースであった。

いやぁ、ジョー・ジョンストンはすっかり堂に入った演出の出来る監督になったんだねぇ。
これまでは、SFXマンだったキャリアを活かした、ヲタク受けはいいけど、一般的にはそんなに評価されないような作品が多かったのに、これはごくごく普通の人も楽しめる、正統派のアドベンチャーだ。2時間16分の上映時間はちょい長い(『ジュラシックパーク3』を90分で作ったんだから、これも2時間以内くらいにすれば良かったのにね)けれど、陰謀、天災、人種的な偏見、過酷な自然が次々と襲い掛かり、また心理的な部分も、フランクとヒダルゴの友情や、フランクの抱える苦悩などもキッチリ描ききり、観る者を飽きさせない王道の娯楽大作になっている。
また、シェリー・ジョンソン(お懐かしやアリー・シーデイの『星に願いを…』の人だ)の手による撮影も、繊細な色合いを切り取った見事なものになっている。特に劇中で何度も登場する、シルエットで捉えられたフランクとヒダルゴのロングショットが、実に美しい。
期待していた映画だが、見事に期待に応えてくれた。ジョー・ジョンストンが、こんなにも安心して次回作を期待できる監督になるなんて、『ミクロキッズ』の頃には想像できなかったぜ。

ところで、ヴィゴは『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルンに続き馬に乗る役で、今日も予告で流れていた『トロイ』のオーランド・ブルームは、レゴラスに続き弓を射る役。『指輪』の呪縛か?

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2004.04.14

4/14 『悪魔と魔女の世界』

DVDで『悪魔と美女の世界』を観る。【ネタバレあり】

輪廻転生と過去の人生の記憶を探る研究に没頭するクインタス(ヴァル・デュフォー)は、オリンガー教授の手を借りて、街で引っ掛けた女、ダイアナに退行催眠を掛ける。彼女の意識はどんどん過去に遡り、中世時代に魔女と恐れられていた自分の前世に行き当たる。彼女はその昔、ギロチン処刑された女の生まれ変わりだったのだ。その事に気付いた彼女は、前世の自分の運命を変えようとするが…。

サミュエル・Z・アーコフ製作、ロジャー・コーマン監督による1957年の作品。
死ぬほど安っちいセット(石造りの壁がボヨンボヨン揺れたりする。『クリフハンガー』の絶壁を思い出す…)と衣裳に、胡散臭いヨタ話。催眠で前世まで記憶が遡ってくトコはまあいいとして、それで前世の人の心の中に入り込んで、その人にアドバイスしたり、過去の出来事自体に干渉できるってのはどーよ?!
…とか思いながら観てたんだが、最後の最後まで観れば、意外と楽しめた。

正直なところ、全体のストーリーなんていい加減そのものだし、心理学がなんでタイムスリップ(?)に繋がっちゃうのかも意味不明である。だが、クライマックスでダイアナに突きつけられる“究極の選択”が面白い。
処刑されてしまう運命だった自分が、現在の生を寿命まで全うしてしまうと、自分の次の人生----転生が行われずに、次の生を生きる筈だった人たちが生まれなくなってしまう。元々の運命の通り、自分が処刑されれば転生が起こり、次に生まれる者たちがいる。もちろん転生しても、自分の記憶を持っていける訳ではない。単に違う人間として生まれてくるだけである。
どんな理屈でこんなことが起きるのかはさておき、この結末は非常に面白い。
自分だったらどうするだろう。次の見知らぬ人生のために、自らの命を絶てるだろうか?
オレはなかなか勇気が持てないだろうな。

俳優は、悪い魔女リビア役に『妖怪巨大女』の巨大女役で有名なアリソン・ヘイズ、汚いと言う理由で村から追い出された男をディック・ミラーが演じているのがポイント。

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2004.04.06

4/6 『インビンシブル』

レンタルDVDで『インビンシブル』を観る。

地球は流刑星として、2千年前から宇宙犯罪者が送り込まれていた。彼ら「シャドウマン」は暇潰しに人間を殺戮したりしながら、退屈な日々を送っていたが、シャドウマンのリーダー、スレイトは脱出を図ろうと画策していた。そのためには、千年に一度開くことの出来るゲート「ヴォルテックス」を開ける鍵であるタブレットが必要であった。しかし、それを知った光の戦士は、スレイトの片腕である最強のシャドウマン、オースを打ち倒し、光の側の戦士とする。オースは仲間を求め、地球人から、元兵士、女刑事、ボディガード、泥棒をスカウトする。期限まではあと6日しか残されていない…。

メル・ギブソン&ジェット・リー製作総指揮ってのに釣られたのだが、これTVムービーなんだ。よく見れば気付きそうなモンなのに、画面観るまで気付かないなんて、オレはなんてバカだろう。
簡単に説明すると、『ハイランダー』『八犬伝』『フィフス・エレメント』を足した物語に、メル・ギブソンっぽいちょいとシニカルな台詞回しで味付けし、ジェット・リーっぽいワイヤー・アクションとカンフー、それに東洋思想を混ぜたTV映画。以上!
ってなもんで、丸ごとどこかで見たことのあるような物語とシチュエーション。面白ければTVムービーでも映画でも構わないや…と思ったのだが、これはちょっとどうなのよ?上手く料理すれば“パチモン”臭くても面白くなりそうなのに、なんだか酔っ払い親父のループみたいにクドクドと繰り返される東洋思想(「憎むな、愛し合うんだ」って何回言った?)だの、ディレクターチェアでゆっくり語り合う善と悪とか、なんかかったるい場面ばかりが目に付く。TVにしちゃあアクションが頑張ってる(プロローグの光の戦士とオースの戦いなんて、ワイヤー使いまくりの壁走りアリだ)だけに勿体無い。あのアクション部分をもっと上手く抽出して、ヘンな薀蓄を垂れなければ、TVシリーズだって狙えたのにねぇ。大失敗だよ。

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2004.03.29

3/29 『鬼が来た!』

レンタルDVDで『鬼が来た!』を観る。【ネタバレしてます】

1945年の旧正月を目前にした中国の寒村。ある夜、マー・ターサンのもとにある男が現れ、拳銃を突き付けた。男は晦日まで2つの麻袋を預かっておくように命令して消えてしまった。麻袋の中には、日本兵と通訳の中国人が入れられていた。マーは村人たちに相談し、約束の日まで2人を匿うことになるが…。

なんとも凄い映画である。
始まった瞬間から最後の最後まで、一体どこに着地するのか全く分からないまま、140分突き進んでいく。その間の緩急の付け方が、驚くほど巧みだ。

開巻、おもむろにかかる「軍艦マーチ」と、その勇壮かつちょっと調子っぱずれな音楽に乗って、画面一杯にはためく旭日旗。猛烈なインパクトで始まるこの映画の7割方は、コミュニケーション・ギャップで笑わせるコメディとして進んでいく。話題の『ロスト・イン・トランスレーション』(もちろん未見)を “日中版”にしたら、こんな感じなのか?だが、それが日本軍占領下の中国という特殊状況下にあるから、その引きつった笑いに拍車を掛ける。日本人としては、本当に笑いながら観ていていいのか?と、若干不安になりつつも、「軍艦マーチ」を必ず演奏しながら通る日本軍小隊や、最悪な侮蔑を中国語でしようとしてウソを教えられ「新年あけましておめでとうございますっ!」と叫ぶ花屋小三郎など、脚本の巧さと俳優の味のある芝居で、ともかく可笑しい。
予想していたよりも、日本人の極悪非道に描いているようにも見えない。しかし、映画も終盤に近付き、“キャプテン・サワダ”こと澤田謙也扮する、鬼のような将校が登場するあたりから、映画は一気に緊張感を増してくる。そして、一旦観客の緊張感が完全に解けたあたりから、突如急展開して始まる大虐殺。阿鼻叫喚の地獄絵図。そして更なる意外な展開。

この映画のタイトルの“鬼”(原題は『鬼子来了』)とは一体何を指しているのだろう?
日本人なのか将校なのか?この映画の製作をしているのは中国人であり、最も分かり易い形での憎悪の矛先としての日本人でもある。被害者側から描いている訳だから当然だろう。だがそれだけではなく、映画を最後まで観た時に、“鬼”とは戦争や政治と言うものが変えてしまった、人間そのものであることが分かる。

恐るべき衝撃的な1本。2000年カンヌ・グランプリも頷ける傑作である。
2度は観ないと思うけど。

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2004.03.24

3/24 『APPLESEED アップルシード』

東宝試写室で『APPLESEED アップルシード』を観させて頂く。

西暦2131年、大戦終結後の未来。破壊しつくされた世界に、唯一の文明都市として残されたのは“オリュンポス”のみであった。だが、この理想郷の人口の半分は“バイオロイド”と呼ばれるクローンであった。大戦終結も知らぬまま、荒廃した都市で戦いを続けていたデュナン・ナッツ(小林愛)は、ある日捕獲され、“オリュンポス”に連行される。そこで彼女が目にしたのは、昔の恋人ブリアレオス(小杉十郎太)の姿であった。彼は大戦で身体を失い、機械化され治安警察E.S.W.A.T.の隊員となっていた。一方その頃、オリュンポス軍のクーデター計画が着々と進んでいた…。

正直、観始めた時には猛烈な違和感を感じた。もちろん、トゥーン・シェーダーがどんなものかなんて分かっているし、仕事でも趣味でも山ほど見ている。なのに、なぜか感じる違和感。しばらく観ていて、その原因の1つに気がついた。眼球である。ポスターや予告などでも、よくデュナンのアップが使われているから、見た事のある人も多いだろう。全体のヴィジュアルは一見2Dのセルアニメ調にも関わらず、眼だけが少女マンガチックな描き方を少しリアルにしたような、独特の描写がされている。多分、それだけならさして違和感を感じなかったのだろうが、その眼が実に良く動く。もちろん、2Dアニメであんなに眼が動くことはありえない。逆に、俳優を撮った実写であれば動くのは当然だが、その分もっと眼が小さいから目立たない。そのアンリアルとリアルの微妙な境界線に、ヘンな違和感を感じていたのだ。

だが、そんな違和感を乗り越えて、この映画は素直に面白い映画になっている。
ある意味うざったいほどにネームとト書きの多い原作を、非常に分かりやすく整理し、ストレートなアクション・ラブストーリーに仕上げた構成が巧い。観客を楽しませようとしている作り手側のセンスと努力が、きちんと作品に現れている。また、フルCGでありながら、技術的には驚くほど既存の技術のみで作られている映画である。使っている3DCGソフトもXSI、MAX、Lightwaveと、ごく普通に市販されているものばかりで、特殊なソフトを開発した訳でもない。製作期間もたかだか10ヶ月、スタッフ数もハリウッドCG映画の1/3とか1/4くらいしか居ない(スタッフロールの短いこと短いこと!)らしい。それでもこれだけのものが作れるのである。同じフルCG映画でも、ブランドとしてのタイトルと技術力に自沈していった『ファイナルなんとやら』などとは比べるべくもなく、正しく映画プロフェッショナルの技を見せつけてくれる作品である。
デュナンとブリアレオスの物語が、ラブストーリーと呼ぶには若干弱いが、アクションは小気味良く、浪花節はちゃんと浪花節になってて、クライマックスは怪獣映画ばりのスペクタクルを見せてくれる。
これがすばる座だけでの公開なんて勿体無い。せめてニュー東宝シネマ系列あたりで公開してあげればいいのに。

同じ士郎正宗原作で、同時期公開の『イノセンス』と比較されることも多いだろう。恐らく、熱狂的に支持され、10年後でも名前が残っているのは『イノセンス』だろう。確かに、物語も世界観も、映像の深さでも『イノセンス』の方が上だと評価されるだろう。だが、作家性ではなく、素直にエンターテインメントに徹し、かつきちんとカタルシスを感じさせる盛り上がりを作った『アップルシード』を、オレは評価したい。

あえて難を言えば、デュナン役の小林愛の声が少年ぽく、幼過ぎる気がする。もう少し年齢が上の方が良かったんぢゃないの?また、これは素朴な疑問だが、なんでデュナンのモーションを三輪明日美がやってるの?

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2004.03.20

3/20 『イノセンス』

日比谷映画で『イノセンス』を観る。

2032年の日本。各地で愛玩用少女型アンドロイドが突如暴走し、所有者を殺害して自壊する事件が頻発していた。その捜査を担当することになった公安九課の刑事バトーとトグサ。その頃、アンドロイドを製造したロクス・ソルス社の出荷検査官が、紅塵会なる暴力団によって殺害された。この事件の裏には何があるのか…。

圧倒的な映像力で迫ってくる押井ワールド。こりゃ、好きな人には堪えられん映画だろうね。
3DCGIを駆使した美術は、まさに驚嘆に値する。「世界観が『ブレードランナー』っぽ過ぎて観る気がしない!」と、ある人が語っていた。確かに『ブレードランナー』の呪縛から逃れることは出来ていないけれど、これだけ徹底的にやればOKでしょ。ある種、日本人的ではない、欧州系濃厚映画(グリーナウェイとかピトフとか)に近いような肉食っぽい濃さが世界を支配する。これは美術だけではなく、独特の空気感------空気の密度の濃さによっても醸し出されている。だがその世界観に対して、バトーをはじめとしたキャラクターは濃厚ではない。それらが遊離せずに、絶妙なバランスで溶け合っているところが、この映画の面白いところである。

…と、まるで大絶賛しているようだが、実はそうでもなかったりするのだ。映像や音響等の質の高さには、素直にアタマが下がるのだが、どうも物語が…ね。多分監督自身も、本作で物語を語ることにあまり興味がないんじゃないだろうか。膨大に詰め込まれた映像と台詞の情報量をスッキリサッパリ整理して考えたら、物語自体は実にシンプルなのである。逆に言ってしまえば、膨大な情報量ゆえに、本筋の物語が見えにくい映画なのだ。
後ろの席の客が、映画を観終わった瞬間に「なんだこりゃっ!さっぱりわかんねぇ~!!」と言っていたが、まるで“めくらまし”のごとく散りばめられた台詞に気を取られてしまうと、さっぱり分からないのである。だが、そのめくらましのような台詞と、映像の中に語りたいことが秘められているように思う。
アイデンティティとは一体何か?
そのテーマを語るために用意された世界と台詞。監督はそこを見て欲しいのであって、物語は二の次なのである。しかし、その膨大な台詞には、やたらと引用、ことわざ、格言の類が散りばめられている。これに辟易する人も多いだろう。

映画の面白さは物語に拠るところが大きい。だから、「面白いか」と問われればハッキリと「NO」である。
しかし「凄いか」と問われれば「YES」である。これはそんな映画なのだ。

別な見方をすれば、物語にもテーマにも手法にもノレなくても、この映像力の凄さを観るべき価値はあるとも言える。
少なくとも、同監督が手掛けた数本の実写映画よりは100倍も1000倍も。

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2004.01.21

1/21 ブラックコメディ『OUT』

レンタルDVDで『OUT』を観る。

弁当工場で働く深夜パートの4人の主婦は、それぞれ問題を抱えていた。ある日、その1人で妊娠中のヤマちゃん(西村尚美)がDVの夫を殺してしまう。彼女に泣きつかれた雅子(原田美恵子)は、成り行きで仕方なく死体を預かることになってしまうが…。

桐野夏生の原作を読んでいるか読んでいないかで、激しく評価が分かれている作品らしい。原作は猛烈にダークでヘヴィらしいから、こんな軽い映画になってたら納得行かないんだろう。でも俺は、原作読んでない派なので、ヘヴィな話を軽いノリで仕上げたブラック・コメディとしてそれなりに面白かった。
注目の(笑)死体の解体描写は思ったほど画面に映らない。でも、はっきり見せ過ぎても『トランス/愛の晩餐』みたいに失笑を買う映画になっちまいそうだし、三池の『オーディション』みたいにやったら夢に出てきそうだし、普通の映画としてはアレくらいが丁度よい塩梅なんだろう。
他の主婦から頼りにされ“師匠”と呼ばれている倍賞美津子は、出てきた瞬間に「うわぁ、ババ臭い!」(昔はあんなにゴージャスな美人だったのに…)と思わせる役ではあるが、非常に好演。クライマックスで一張羅をビッと決めた姿は、老けてもやっぱりカッコイイ姐さんだったことを思い起こさせる。室井滋の芝居は、イライラさせながらも笑わせる部分でギリギリ許容範囲内、西田尚美はイライラさせるだけで完全にOUT。
意外な好演を見せるのが間寛平。口数少なく笑わない役だと、ここまで不気味な怖さが出せる人だということを再認識。
…と、全体としては結構良かったのだが、ラストのツメは甘過ぎる。シロクロ付けなくってもいいけれど、ちょっとファンタジーに逃げ過ぎなんじゃないかなぁ。


晩飯を食ってたら、隣の客が室内用ラジコン飛行船の話で盛り上がっている。
「そんなのどこで売ってるの?」
「JALの機内誌で買えるから、今度飛行機に乗った時に買えばいい」
…あのぉ、それはTAKARAが販売している「DREAM FORCE」なのでは?

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2004.01.11

1/11 わが青春の『1980』

年末、ケラさんから「ポケットマネーから切手代を出した必死のお願い」(笑)ってDMが着てた事もあって、テアトル新宿で『1980』を観る。まぁ、そんなDMもらわなくても行くつもりではあったんだけどね。

そういえば、NYLON100℃の芝居も随分行ってないなぁ。劇団健康の時は『カラフルメリィ』だとか『ウチハソバヤジャナイ」とか色々観に行ってたんだけど…。
やっぱり80年代をテーマにした『1984』ってのが凄く面白かったんだが、あんまり聞かないのはケラさんが気に入ってないのかな?

ジョン・レノンが死んだ翌日、教育実習生としてやって来た元B級アイドルのレイコ。その学校で教師をしている姉カナエ。そして同じ学校の映研の自主映画で主演している妹のリカ。1980年のテクノポリス(笑)東京を舞台に、異母姉妹三者三様の恋と人生を描く。

徹底してこだわり抜かれて散りばめられた“80年代ガジェット”と“80年代的エピソード”の数々が、いちいち可笑しくも懐かしい。
これは反則技…と言うか、ケラさんの必殺技(笑)。
良いとか悪いとかじゃなくって、30代後半から40代前半の1980年に文化系の青春を送った人は、無条件でグっと来ちゃうとみた。
ケラさんとは1コ違いで、オレは80年には16歳。ましてや自主映画でPFFを目指す映研(男子校だったから、淡い恋なんてなかったけど)なんて話やられちゃあ、もうどーにもならんでしょ。この時代、映画好きの高校・大学生は、ほとんどみんな自主映画に関わってたんじゃないのってくらいの“自主映画ムーブメント”があった。PFFだの、ビクターのヤツだの、恵比寿のスペース50だの、みんな目指してたからなぁ。オレも出したよ、PFF。もちろん落ちたけど(苦笑)。
この映画のパンフにも誰かが書いていたが、「80年代はスカであった」って論調が世間にはある。でも、スカだったとか言われても、その時代がオレたちの時代なのだ。SFX、自主映画、テクノに漫才、大友に江口etc…、燃えたもの、熱中したものが色々ある。ハイそうですか、と簡単に引っ込む訳には行かない。
そしてケラさんは、黙って引っ込んでる訳にはいかない人の最前線に居るのだろう。
時代の空気、時代の気持ちを鮮やかに切り取たのが、この『1980』である。

劇中、レイコ=キリナが叫ぶ
「人間は、大人になったからって、簡単に大人になれる訳じゃないのよ!」
そしてボクらは、大人にはなったけれど、きっとまだ大人になれた訳ではないのだ。ボクらはそれを肯定しているのでも、否定しているのでもない。ただ単に事実として大人になれていないのだ。そう思った。
さぁて、YMOでも聞こうかな。

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1/11 『ALIVE』

昨晩、途中で睡魔に負けた『ALIVE』のレンタルDVDを最後まで観る。

電気椅子で死ななかった死刑囚・八代天周(榊英雄)は、生きる代わりに謎の実験に参加することになる。そして、やはり死ななかったもう一人の死刑囚・権藤(杉本哲太)とともに、閉鎖空間に閉じ込められた。その実験は一体何を目的としているのか?

…全然イケてない。
原作は読んでないので知らないが、本当にこんな話なの?もしもこの通りの話なら、別に映画化する必要がないんじゃない?もしも原作と全く違うんなら、この映画化はやっぱり失敗だろう。
閉鎖空間に閉じ込められて謎の実験ってのは、『CUBE』みたいな線を狙ったのかもしれないが、閉塞感やサスペンスが生まれずに、ただ単に退屈な画とダラダラした展開になっている。唯一期待のアクションシーンは、アングル凝り過ぎかつカット割りが短過ぎで、何が映っているのかもよく分からない。で、クライマックスは榊英雄VS坂口拓って、そりゃあんた『VERSUS』の続編でもやってるつもりなの?
また、坂口拓のマッチョメイクの出来もいささかシンドく、なんか肉襦袢着てるみてぇ。
小雪やりょうの芝居はあまり期待してないけれど、ほかの映画じゃいい味を出してる國村隼や菅田俊も活かされてない。
『あずみ』はそんなに嫌いじゃなかったけど、こりゃダメだわ。

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2004.01.09

1/9 『荒ぶる魂たち』

レンタルビデオで『荒ぶる魂たち』を観る。

血気盛んで、昔ながらの任侠道を信じるヤクザ、剣崎(加藤雅也)と樋口(竹中直人)。彼らを取り巻くヤクザたちの謀略と抗争を描いた群像劇。

劇場公開時も150分の大作だったが、ビデオ化に際して再編集し、【抗争勃発篇】(103分)と【決戦篇】(97分)の2本に分けた、なんと200分の超大作。劇場公開版は観れなかったので、何が増えているのかはオレには分からないが、50分の追加って、まるで『ロード・オブ・ザ・リング』みてぇ。

全体の物語と印象は、ストレートなヤクザ物だが、随所に三池らしさが散りばめられている。それはバイオレンス的だったり疾走感の方ではなく、叙情的な方の三池である。
物語進行の合間に挟まれる8mmフィルムで撮ったかのような、荒れた画面のフラッシュバック。誰とも知れぬ女のモノローグで語られる剣崎は、正直何をやりたいのか分からないところであるが、子供時代の樋口と剣崎の関係はいい感じのアクセントになっている。この部分があるから、他の多くのキャラクターが金と権力を目指していく中、剣崎がおやっさんである樋口にひたむきに尽す姿を、違和感なく受け取ることが出来る。
また、若いヤクザたちのごく普通の日常-----怒鳴ったり、ドスを効かせるばかりではない、普通の描写が妙にリアルで、それゆえに可笑しい。

役者は前述の加藤、竹中に加え、松方弘樹、美木良介、ミッキー・カーチス、秋野太作、伊武雅刀、白竜、石橋蓮司、曽根晴美、遠藤憲一、隆大介、山口祥行……と、ヤクザ物&Vシネ的に妙に豪華。
三池モバの下品かつ、えげつない芝居も見所。

それにしても、三池はいっくら観ても追いつかないなぁ。
数えてみたら25本も観てるのに、全監督作の半分にも行ってない。
せめて劇場公開作だけでも全部観ようと思っているのだが…。

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2004.01.01

1/1 『アモーレス・ペロス』と『踊れ!トスカーナ』

元旦から欧州映画を2本

レンタルDVDで『踊れ!トスカーナ』を観る。
スベる笑いと、不思議な呑気感が漂うなんだか妙な映画だが、カタリーナ役のロレーナ・フォルテッツァの可愛いさにノックアウト。もうちょっとフラメンコの見せ場があってもいいんじゃないのかね。
それにしても、イタリア人もスペイン人も、ともかくHのことだけ考えている人種に思えちゃうんだけれど、ホントにそうなの?

レンタルDVDで『アモーレス・ペロス』を観る。
粗野で乱暴な兄貴の嫁さんに惚れてしまった弟とその飼い犬コフィの話。妻子と別居し、スペイン人モデルと同居を始めた男の話。ある男の殺害を依頼された、元テロリストの殺し屋の話。この全く接点の無さそうな3つのエピソードが、1つの交通事故を分岐点に交錯して描かれる。紹介を読むと“メキシコのタランティーノ”と書かれていることが多いのも、こうした構成の仕方と時間軸をいじった演出にあるのだろう。(ソダーバーグの『トラフィック』にもちょっと似ているが)だが、それが上手く処理できているかと言うとちょっと微妙。
役者はみな、いかにもメキシコに居そうな感じの等身大のキャラクターですごく自然。浮浪者の殺し屋は眼光鋭く、存在感のあるいい役者だ。
全体に悪くはないんだが、そんなに絶賛するほどのものでもない。160分近い尺も、テンポを考えるとちと長過ぎ。

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