クール泉と一緒に、丸の内ピカデリー2で最終回の『CASSHERN』を観る。
大亜細亜連邦共和国とヨーロッパ連合による50年続いた世界大戦。この戦いで世界は荒廃し、人々は疲弊しきっていた。東博士(寺尾聰)は病気の妻(樋口可南子)を助けるため、必要に応じて人体のパーツを自在に造り出す“新造細胞”理論を発表する。その研究を援助したのは、延命を望む軍幹部たちであった。そんなある日、研究所で事故が起こり、偶然にも“新造人間”が生み出された。折りしもその時、東博士の一人息子、鉄也(伊勢谷友介)が戦死し、遺体が戦場から帰ってきていた…。
兎にも角にも過剰な映画。
ほぼ全編に渡って、デジタル加工処理がされた画面。鳴りっぱなしのBGM。役者たちの大仰な芝居。声高に連呼されるテーマ。おまけに上映時間もたっぷり2時間22分(!)。何もかもが“too much”だ。なんでこんなにまでしなきゃならんかね?
例えば画面。手間も掛かってるし、スタッフの苦労は並大抵じゃないだろうけど、何の因果で、“モアレ”が出るほど加工せにゃあかんの?
輝度の高い部分が上下に縦伸びする、ハレーションみたいなフォギー・フィルターみたいな効果も、画面が見辛いだけで意味ないし、粒子を荒らしたモノクロ画面も統一感がなくって効果を上げていない。と言うか、ほぼ全てのカットに施された加工の嵐は、見てくれをいじっただけであって、物語を語る上での効果がないばかりか、機能すら持たされていない。
重要そうな場面で♪あーあーあーあーっ♪言ってる音楽も、うるさ過ぎでアタマ痛くなってくる。音楽もまた、大ボリューム一辺倒で垂れ流されるばかりで、徐々に場面を盛り上げるような効果をさせてもらえない。
唐沢寿明と及川ミッチーに代表される大層大仰な芝居は、新劇か?とか思うほどだ。
でも一番の問題は、テーマをなんであんなに連呼しなきゃならんのかだな。
「どうして私たちは戦わなきゃいけないの!」とかさぁ、そんな“マンマ”の台詞をキャラに喋らせるなよ。役者じゃなくって映画自体で語れよ。
一言で言えば
やり過ぎ
それでいて、重要な説明が抜け落ちているので、「?????」となる場面もまた大量にある。
オレのアタマが悪くて理解できないのかもしれんが、あの稲妻型のオブジェはなんだったの?
鉄也の遺体は、なんで研究所に運ばれて来たの?新造人間誕生の場面に居た鉄也は、多分霊魂だか魂で他の人からは見えてないんだろうに、なんかビミョウに他の役者の芝居と絡んぢゃってるけどOKなの?
キャシャーンの最初の戦闘、アンドロ軍団(って言うのか?)とのバトルシーンは、アニメ版の戦闘シーンを今の技術で作り直した感があって悪くない。(樋口真嗣コンテの場面だからなんだろうな)
CGで作られた街も、『修羅雪姫』の世界観の延長にしか見えないが、ビジュアル的には悪くない。(ただし、街には漢字とロシア語が溢れているのに、台詞にはそういった要素が殆どなく、カタカナ英語が混じるので世界観としては統一感がないこと夥しい)
映像的には見所もチビットはあるけれど、でもやっぱりコレは、ダメ映画だぜ!