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2004.06.25

6/25 『泥棒番付』

ビデオで『泥棒番付』を観る。

幕末の動乱期に大阪界隈を荒らし回る大泥棒の佐渡八(勝新太郎)は、ひょんなことから新選組の池田屋騒動の検問に引っかかり、鬼与力の田中松次郎(内田朝雄)に捕えられてしまう。だが田中は、こそ泥の清七(青山良彦
の身請け人になることを条件に佐渡八を釈放した。京都でうどん屋を開いた2人は、ある晩近藤勇に出会い、壬生屯所前で屋台を出すことを許された。そこへ今度は田中の使いで、浮浪児同然の女泥棒お慶(小林哲子)がやってくる。3人でうどん屋を切り盛りするある日、佐渡八は新撰組隊士の一人から清七あての封じ文をことづかった…。

司馬遼太郎原作、池広一夫監督による66年の作品。
タイトルから、勝手に喜劇を想像していたが、喜劇的要素は存外薄く、妙に入り組んだストーリーの作品だ。
佐渡八に清七たちを預けた田中の思惑、佐渡八の欠けた左手人差し指の謎、清七とお慶と佐渡八の微妙な三角関係、新撰組、お慶の仇、清七と田中の関係…と、要素が複雑に絡み合っており、気を抜いて観てると「アレレ?」と話が見えなくなる。90分もない作品に、よくもここまで詰め込んだもんだ…って言うか、ちょっと詰め込みすぎじゃない?

アクション的な見せ場はあまり多くないが、佐渡八が「含み針」を巧みに使って敵を翻弄する場面は、座頭市のシャープな殺陣とは違って、勝新のコミカルでドタバタした味が出ていて面白い。また、若い清七とお慶のために、自分は身を引こうとしながらも、ついお慶を押し倒しそうになるくだりは、妙にしんみりとと佐渡八の心情が伝わる名場面である。
なかなか良い場面も多く、傑作になりそうなのに、前述したような妙な話の分かりにくさと、クライマックスでの勝新のモノローグがあまりにも長くって、気持ちよく突き抜けないのが難点だ。

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